8月2日、学生は夏休みに、地域で言えば夏祭りが近付いて来る時期。
皆が浮き足立っている時期なのに私は、炭酸水の炭酸が抜けた上に温くなったように腑抜けています。
そして、自動車の給油の目盛りが残り一目盛りなのに、ガソリンスタンドが見付けられないような焦燥感に見舞われています。
何故にそんな焦燥感に駆られているかと言えば、8月11日にあるイベント、「ナナシノエイト“名もなきオープンマイク 松本編”第8夜」に関係あります。
「ナナシノエイト“名もなきオープンマイク 松本編”第8夜」と言うのは…以下参照。
※諏訪での出張開催を経て、今回は第八夜!
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☆誰でもエントリー可能なオープンマイク方式のステージ!毎回多彩なゲスト出演もあります。(今回のゲストはページの↓に)
◆ ナナシノエイトとは?
スポークンワード/ポエトリーリーディングを主体としながらも、朗読の範囲を超えて、ダンスやお芝居、落語にお笑い、楽器演奏から手品実演、紙芝居や告知雑談にいたるまで、どこまでも懐深く表現のかたちを受け入れてきたのが、長野市のネオンホールで100回以上続く「ななしの0」
その松本編が「ナナシノエイト」です。
【オープンマイクのエントリーは当日でOK!】
誰でもエントリーできるステージです。朗読、演奏、舞踏、上映、告知、一人語り、その他なんでも舞台に立つ事ができます。
パフォーマンスは5分以内を目安に、最大延長8分まで。
(※楽器演奏の方、映像投影の方は、打ち合わせ時間を考慮して早めにご来場ください)
もちろん観るだけの人も大歓迎!
途中入場、途中退場もOKです。
まあ、ざっくり言えば、飛び入り参加ありのパフォーマンスイベントです。
それで、石の上に苔が生すまで地面にへばっているような私ですが、割とちょくちょく参加しています。
パフォーマンス自体が好き、色々と舞台の上でしかできないことを実験としてやれる、アンダーグラウンドの雰囲気が好き、と細々とした理由があります。
ただ、一番大きい理由は、自分への言い訳のためでしょうね。
と言うか、基本、言い訳のために行動している意識が強いです。
仕事に行くのは、「社会貢献しつつ、普通である」ことへの言い訳。
ブログを書くのは、「継続する」ことへの言い訳。
そして、ナナシノエイトでは、「活動をしていることで、何かを得ようとする」ことへの言い訳。
自己を保つために色々としていて、そのすべてが言い訳のため。
自分の足で真っ直ぐに立てないので、他人様に寄りかかって自己を保ちます。
虎の威を借る狐とは、私のことです。
そんな言い訳のために参加している私ですが、8月11日はちょっと事情が変わります。
その日は、主に長野で活動している、朗読家の植草四郎さんと共演することになったのだ。
今まで独りよがりのパフォーマンスでしたので、共演となると勝手が違うと言いますか…
何が困るかと、私のパフォーマンスの内容が決まらない…
いや、途中まではね?考えて、ちょっと練習もしたのだけど。
これは果たして、私がやるべきパフォーマンスなのか?と。
一個前に、長野市で「ナナシノ0」に参加したときは、持論と言いますか、普段こんなことを考えてます、というようなことを言ったのですが。
その時に、「詩を読むより面白い」と言われ。
その言われたことに対して、私なりに考察しまして。
多分、私の詩というのは、言葉遊びが過ぎると言いますか。
私個人が見えない、内面がむき出しになっていないのではないか?と。
自己を開示する、というのがオープンマイクの一面とした上で、もっと自分を出した方が良いのではないかと。
今回は、共演という形ではあります。
それで、足並みを揃えようとしても、私はアマチュアで、ぎこちなくなりそうで、そうしたぎこちなさも含めて楽しめれば良いですけど、観客は果たしてそれで良いのか?
それよりも、もっとライブであることを意識した、生の声、自分の言葉を発した方が丁々発止になるのではないか?
と、考え至り。
つまり、完全に行き詰まってしまっているのです。
これは、困ったことです。
…11日までには、どうにか自分の中で処理できるようにしたいです。
嗚呼、迷惑をかけなければ良いけれど…
誰かと一緒に何かをするというのは、大変こわいです。
言い訳の先は、鬼が出るか蛇が出るか…
時間がないですけど、どうにかします…はい…