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ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

視点が変われば見方が変わり、思い遣りになる。

眼鏡を取っ掛かりに考えます。

 

視力の低下に伴い、ぼやけた景色をすっきりはっきりさせる眼鏡。

クラスの一人は「眼鏡」ってあだ名が居た気がします。

 

本文の前に。

眼鏡…っと前に《ブログチャレンジ》の「見出しを付ける」をやります。

でも、今のデザイン仕様で満足だし、今の記事だけ変えられれば良し。

と言うか、一々書き直すのが面倒です!面倒なんです!!

なのでこの記事だけなので悪しからず。

 

眼鏡その1。

伊達眼鏡をしている人がいるじゃないですか?

度の入っていない眼鏡、似合う人も居ますし兎や角言うつもりは微塵もないです。

ただ、こう、私の中でファッションとしての眼鏡ってのがよく解らない。

私が似合わないからそう感じるんでしょうけど、恥ずかしくない?

…うん、田舎臭い感覚でご免なさい…

 

眼鏡その2。

自動車の運転に必要な視力を確保する為に眼鏡をしている方もいらっしゃるでしょう。

斯く言う私も自動車運転の為に眼鏡を買った口です。

こう、眼鏡をしていなくてもぼんやり遠くの輪郭は解りますけど、かけると文字が読めるのは安全面から考えて必要ですね。

しかし、普段はかけない私。昔、眼鏡をかけ続けると視力が落ちる!と聞いてから日常生活では基本自動車運転の時だけ。

車から降りて買い物する時はかけたままのこともありますけど。

それで視力は維持しているかって言うと、順調に視力は低下しているんですけどね!

まあ、漫画を至近距離で読み続けたら、火を見るより明かだけどさ。

 

眼鏡その3。

ブルーカット眼鏡でしたっけ?パソコンの余分の光をカットして目の負担を軽くする奴。

欲しいとは思わないですけど、効果はあるんですかね?

パソコンに向かう率が高いと言えば高いですし。でも、省エネ的ないつもより少し良いくらいだと何か違う気がするし。劇的に身体の調子が良くなる!くらいじゃないと。

まあ、全く買う予定はないですけど、使っている人が居たらどんなもんか聞いてみたい気はします。

 

眼鏡その4。

最近、スマートフォンに替えた私ですが、気になっていたことがありまして。

夜晴れた日の空は星々が綺麗に見えるんですよ。

で、ガラパゴス携帯電話でその綺麗な星空を撮ってみたんですけど…真っ暗!

写真に写るのは常闇のみ、星の存在など認められませんでした。

スマートフォンならどうなんだろう?やはり性能は段違い、美しく写るかも…!

と期待して撮った画像が↓

 

f:id:uenokoeda:20161014051443j:plain

 

真っ暗!信じてもらえないかもしれませんけど、満天の星空ですよ!

あれ?眼鏡関係なくないかって?いや、写真を撮ったその時に眼鏡をかけて見上げてみたんですよ。

発想は同じです。眼鏡をかけて見たらどうなんだろうなって。

暗くて見えづらい星はぼんやりと。明るい星はよりはっきりと。

唐突に溢れんばかりの星々が姿を現したんですよ。

先ほどの裸眼で見た満天の星空より、より満天の星空です。

嗚呼、筆舌し難い。ボキャブラリーが足りな過ぎる…

 

あえて、ここで言い切る。

まあ、話を強引に持っていきますけどね。

 

視点が変われば見方が変わり、思い遣りになる。

 

先に上げた、眼鏡その4で3つの視点が出ています。

1つ、裸眼で見た夜空。まあ星が綺麗です。

2つ、スマートフォンで見た夜空。漆黒の空、星は見えない。

3つ、眼鏡をかけて見た夜空。星座が会話をしているようだ…絶景。

 

そうすると今見えている世界が絶対じゃないことが解ります。

見上げても真っ暗な空なら、星に願いを、なんて考えは浮かびません。

眼鏡がなければ、明るい星に隠れた星々に気付くことはありませんでした。

 

ただ、見方を変えただけで、気付かなかったことに気付くので自然と考え方が増える…と考えてます。

 

視点を変えることの意味。

例えば、犬ですけど。四本足の毛玉のアレです。

 

犬の気持ちは解りません。

「わん!」って吠えられても何が言いたいのかさっぱりです。

でも、犬の目線にはなれます。

物理的な視線です。目をぐっと下に持っていくだけ。

そうすると意外に机とかが邪魔だなー、とか地面が近いことが解ります。

 

犬の考えていることは解りません。

何故、草むらの中に頭から突っ込むのか皆目見当が付かないです。

でも、犬のことは考えられます。

人間の言う目で見て判断するより、鼻で嗅いで判断する方が犬は合理的なのかな?とか。

用を足すのに草むらに入ったのかな?とか。

外に出てテンションがおかしくなったのかな?とか。

 

犬の、相手の考えを理解は無理でも。

相手の視点に立って考えることは辛うじて出来るのでは?

それが「思い遣り」の正体かな、と。

 

客観的な視点と主観的な思考。

視点を変えたら「思い遣り」になる、と言いましたけど。

あくまで主観的な「思い遣り」です。

だって、相手の考えの理解は無理なんですから。

 

自閉症の子と関わることが多い私ですけど。

急に大声で泣き叫んだり、叩こうとしたりしてきます。

で、考える訳ですよ。相手の視点に立って。

やりたい事が出来なかった。命令(こちらはお願いではありますが…)された。

 

でも、全く解らない場合もあります。

どうして?なんで?意味が解らない。

向こうもパニックですけど、こっちもパニックです(笑)

 

でも、確かなのは困っているんですよ。一言が言えないから困る。

だから行動に移す。それが社会的に間違っていても。

 

もちろん、こちらはそれが間違っていることを伝えなければなりません。

相手の気持ちに可能な限り寄り添い、かつ間違っていることを伝える。

言うは易し、行うは難し…得た情報から自分なりに、主観で思考しなくてはなりません。

 

それぞれの主観で考えた結果。

人の数だけ考え方があります。似たり寄ったり、遠からず近からず。

視点を変えても捉え方が変わります。

でも、それが良いのかな?と。

 

何故なら、その人の最善は一つではないはずですから。

例えば、SNSで「死にたい」とか言う人に対して。

 

私は「そう言うなら死ねばいいじゃない?」と突き放します。

でも別の人は「あなたが死んでしまうと悲しい!生きて!」と抱きしめようとします。

また別の人は「本当は寂しいだけなのでは?」と寄り添おうとします。

別の人は「構わずに放っとけば良い」と引き離そうとします。

 

どれも間違いではありません。

それぞれが、それぞれの視点からそれぞれの主観で考え、出した「思い遣り」です。

 

ぽっと呟いた人はこの中で欲しい答えを言っている人を見つけるかもしれません。

もしかしたら、様々な考え方を見て、(ああ、こういう考え方もあるんだ)と気付くかもしれません。

それともどれも煩わしく感じるかもしれません。

 

何れにしても、相手次第なんです。こちらの「思い遣り」を受け取るかどうかは。

 

「普通」から逸れているネガティブな私。

視点を変えて、見方を知って、考え方を広げる。

こう、一つの視点だけだと窮屈になる気がするんです。

皆が皆、同じ物を見えている訳じゃないのだから。

 

そう、世の「普通」から逸れ、周りから奇異の目で見られた私の視点だって…

うう…私の視点が社会に影響を与えることなど眼鏡のレンズが爆発するくらい有り得ない…

…まあ、逸れているから「普通」の視点とは何か?を探求することにはなっているから、この考え方に行き着いたと考えよう…

マイナスから0に戻すだけですけどね…クックックッ…

 

終わり。

くあー、疲れた!見出しを付けるだけなんに!

もう、しかも思ったより書いちゃったよ!3000文字オーバーですよ!

ヤバい、ヤバい。何かヤバい…

とにかく、目が痛い。見つめ過ぎたか?

…ブルーカット眼鏡、どうなんだろう(しかし、買う気はない)

 

あー、次回更新も頑張ろう。