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ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

私はやっぱり幸せな人生を送っている。

不幸せを取っ掛かりに考えます。
 
幸せについて書いたので、不幸せについて書きます。
 
時間があれば(幸せって何だろうなー)と考えてます。
今回も(友達の幸せを願うのは本当の気持ちだろうか?)をお題で考えていました。
そこでふと気付いたんです。
それは(私は幸せだろうか?と考えたことはあるけど、私は不幸せだろうか?と考えたことがない)ということにです。
 
目から鱗と言いますか、結構な驚きがありました。
何せ幸せであることについてあれこれと考えているにも関わらず、不幸せであることについては考えていなかったのですから。
 
と言う訳でお題は、私は不幸せであるか?
 
まずは一般的に見ても「不幸」と捉えるだろう事柄を挙げてみます。
全て、私の実体験・事実であります。
 
1、小中高といじめられていた。
2、父と相性が悪い。
3、O氏との決別。
4、祖母との死別。
5、年齢=彼女いない暦である。
6、地元で同い年の友達がいない。
 
以上の事柄から一つづつ検証してみます。
 
1、小中高といじめられていた。
小学校では所謂ガキ大将タイプに色々とちょっかいを出されていた&ぼっちでした。
一度、キレて組み倒したこともあったんですけど、その後追いかけられて逃げた記憶があります。
その時のクラスは学級崩壊一歩手前だった気がします。担当教諭が新米の女性教諭でしたが、途中から男性教諭に変わったところからお察しです。多大な迷惑をかけてしまいました。
中学校は少なくともクラス内では嫌われ者の人に絡まれていましたし、お調子者の類いの人間には性的な質問をされてましたし、服にはマジックペンで線を引かれました。嫌われ者には祖母からのお守りの中の札を目の前で割られたことがありましたし、文化祭で一緒に歌を歌うためにギターを弾かさせたり、押されて机に頭をぶつけたり。
嫌われ者の人の名前は記憶でストップがかかって思い出せないでいますから、嫌な思い出だろうなと。
高等学校では差し入れのジュースを私のだけ炭酸を思いっきり振られたのを渡されたり、消しゴムや青虫を食べさせられたり、眉毛を抜かれたり、漫画を借りパクされたりしました。
 
こうやって書くと不幸なのかなー、と見えなくもないのですけど。
小学校は男性教諭に変わってから引き締まったのか落ち着き、よくあるクラスで何かの大会に出るのに30人31脚というのに出て6年の時には全国大会に出て、テレビに映ったことがあります。その時の宿泊でガキ大将と同じ部屋で寝ましたけど、何事もなく普通に寝れました。それなりに楽しい思い出です。
中学校は嫌われ者の人に関わられましたけど、私は私で先生が近くにいる時にわざと抵抗して発見されるようにしていましたし、嫌われ者も私が知らない間にクラスメートに背骨を折られるという惨事に見舞われていましたし。頭をぶつけた件はわざわざ父親が頭を下げにいらして申し訳なかったですし。嫌われ者の家族は良い人でしたし。この頃にはボランティア活動もしてました。まあ、それなりに楽しかった思い出です。
高等学校でも元々劣等生でしたし、漫画の借りパクは腹立たしいですけど。この頃は適当にやり過ごす術を身に着けつつ、楽観視してましたから。何と言うか、それなりに楽しかったです。
 
「それなりに」つまり、総合的に見て良くも悪くもなかったです。
当時を振り返ってみてもそういう捉え方をしていました。小学校では中学校に上がるのが嫌でした。理由は「大人になりたくないから」小学生のままが良かったんですよ。
中学校、高等学校でもぼっちライフを楽しんでましたね。故に「それなり」でした。
そも、高等学校の時点で結婚は諦めてましたし、中学校時点て社会不適合であることを悟ってましたし。出発が最底辺からでしたので、下に下がることはありませんでした。まあ上に上がる気もなかったですけど。
 
2、父との相性が悪い。
まず、漫画を読んでいることが許せないらしく。私の年齢だともっと勉強してお金も余裕がないはずだ、との弁です。
振り返っても、父は私に説教する時、延々と喋り続けます。
一つ一つは正論なんですけど、結句何が言いたいのか皆目解らないというのが常でした。
高校生の時にはテレビを消して父の話をきちんと聞いてました。
反論しようにも反論したいことがありませんでした。
20代前半辺りから右から左に聞き流すようになりました。
20代後半で悪感情が高まって、「この野郎」みたいな?
今現在は…色々ですね。
 
父について考えると昔は父の夢を諦めた話をしていましたが、私はそういう話を聞く度に「どうしてこの人は自分のやってきたことを肯定できないのだろうか?」と不思議に思っていました。
また、父が姉や妹を否定した部分は反論しました。「姉ちゃんや妹は頑張っているじゃないか」と。
どうして私は反論しなかったと言えば、事実だから。つまり、私は駄目人間だから。
父が延々とお前はどうしてそうなんだ、と訴えてましたが私に言わせれば事実を淡々と述べられているだけですから何とも…
父への悪感情も裏を返せば、自分の嫌う気持ちが高まったため。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言う奴です。
父との相性が悪いこと=私の人間性の確認であり、私の人間性が悪い≠私は不幸であるでしょう。
だって、性格が悪いからって不幸せですって自分が悪いじゃん、で済む話です。
父の話は不幸話に聞こえるときがあります。父がプライドが高い人であることも起因しているでしょう。
その点私はプライドなどドブに捨てていますから、不幸など寄って来ないのです←
 
3、O氏との決別。
ここではざっくりと端的に書きます。
デザインの専門学校で知り合ったO氏ととある活動をしていました。
お互いに真逆の性格でそれが噛み合うと面白い、というのが発端。
しかし、お互いに本音をぶつけ続けた結果、決定的な溝の深さを知ることになり。
私がギブアップして決別しました。
 
不幸…とは違いますね。
不幸とは「可哀想」だとか「惨め」だとかの感情が伴うものです。
確かに「悲しかった」「怒った」という感情はありますが、それでもあの当時あの手段しか方法がありませんでした。
決して誰かに「可哀想」と言われることでも「惨め」と言われることでもありません。
決別しましたが、そこまでに至るまで腹を割って話をし続けた結果です。
 
また、決別はしましたが、その後再会を果たすことが出来ました。
お互いにあの決別は心に深く残っていたのです。
 
もし、この出来事が不幸というならそれは「後悔」でしょう。
どうしようもなく取り返しのつかない、「後悔」。
しかし、私は取り返すことが出来たので、幸せです。
 
4、祖母との死別。
死別は不幸でしょう。普通は。
でも私にとってはこれは不幸ではありません。
 
まず、祖母は天寿を全うした訳です。
そこに一点の霞さえありはしないのです。
生きとし生けるものは全て死に往くのです。
それを不幸と言うのは私には軽薄な言葉です。
 
また、私と祖母との清濁合わせた日常の関わりがあります。
その中に不幸な関わりなどありません。
少なくとも祖母に対していつもいることに安心していました。
 
祖母が亡くなって私は今悲しいと言えます。
しかし、不幸ではありません。
「祖母に会いたい」と願うことが不幸であるのか?そんな訳があるか。
 
私は願うこと=不幸というのは吐き気を催す気持ち悪さがあります。
それは「後悔」ではないからです。
「会いたい」≠「後悔」、この気持ちの名前を付けるのに適当な言葉はやはり「悲しい」です。
それ以外の言葉でした表現ができませんけれど。
 
祖母が居てくれたことに今の私がいるのです。
そして、現時点で私は幸せについて考えているけど私が不幸せについて考えていなかったことが祖母の存在が不幸ではないことの証明でもあると考えます。
 
5、年齢=彼女いない暦である。
6、地元で同い年の友達がいない。
まとめて書きます。何せ、ここら辺は絞り出して書いたって感じですから。
彼女がいないのは不幸、友達がいないのは不幸と聞きます。
 
しかし、そも私は常ぼっちライフを満喫している訳で。
ぼっちでのやり過ごし方が板に着いている訳で。
もっと言えば一人でいることに「後悔」したことがなく。
「可哀想」と言われてもそもそも私は最底辺の人間ですからむしろ私と一緒にいる人が「可哀想」なのであって、私にいないことが「可哀想」は見当外れと言いますか。
「惨め」と言われてもそもそも私は惨めな人間ですから事実を言われているだけですし。
今まで出たワードから考察しても、やっぱ不幸ではないなー、となる訳です。
 
今までの事柄の考察から以下の要点が出る。
・総合的に見て良くも悪くもないと見ている。
・私の立ち位置は最底辺である。
・プライドがないことが不幸にならない。
・性格が悪いことは不幸ではない、と考えている。
・不幸とは「可哀想」、「惨め」と感じること。
・不幸とはどうしようもなく取り返しのつかない「後悔」をすること。
・「悲しい」ことが不幸ではない、と考えている。
 
おお、不幸の定義と私のスタンスや考え方が一挙に出た。
このワードを並べ替えれば、それっぽくなるな。
と言う訳で、並べ替えてちょっと修正。
 
不幸とは「可哀想」、「惨め」と感じることや、どうしようもない取り返しのつかない「後悔」をすることである。
私のスタンスは「私の立ち位置は最底辺である」ことからこれ以下の下がなく「総合的に見て良くも悪くもない」というものである。
また、「プライドがないことが不幸にならない」とも付記する。
「悲しい」という感情や「性格が悪いこと」が「不幸」ではない。何故なら、私の体験は同情されることではなく、また一切の「後悔」がないからである。
 
まとまった…?うん、こんな感じです。
つまり…
あえて、言い切る。
 
私はやっぱり幸せな人生を送っている。
 
藁頭万歳ってことで。お後がよろしいようで。