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ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

@私の記事は詰まらない、それで万事良し。

閑話休題

閑話休題

 

何か一言言われる度に凹む毎日です。

励まされては、できない自分と対峙して凹み。

叱られては、不愉快な思いをさせたことに凹み。

心配されては、不甲斐なくて情けなくて凹み。

呆れられては、身が縮むような怖さを感じながら凹み。

べっこべこに凹んだ私に気付いて、ちょっと可笑しくなって笑っちゃってから凹み。

今は、凹むことの無限ループに陥って、逆に凸になるのでは?と謎テンションに突入しています。

 

凹んでいても日は昇り、一日が始まります。

順調に自動車のガソリンが減り、このままだと移動さえ困難になりそうですけど。

現時点で1月中旬も終わる、なんて恐ろしいことになっています。

恐ろしいことになっているのに焦りだけは全くないので、図々しいのか脳内お花畑なのか、他の人に言わせればそんなことを言う私が怖いでしょうね。

桎梏されていく生活に世間様は指差して冷笑するでしょうね。

 

さて、ブログ運営についてちょっと考えてます。

最近は人をよく怒らせてしまう私ですが、直近で映像制作の依頼で怒らせてしまいました。

準備不足、説明下手、甘ちゃんな発言で甚くご立腹させてしまったようなのです。

その方を紹介された方も不愉快な思いをしたようで、胃が縮むような何とも言えない気持ちになりました。

私が悪いので、改善していきたいです。映像は私一人で作れないので。

取りあえず、簡潔に説明は心がけようとは今のところは考えてます。

 

それで、紹介された方のご指摘?なんでしょうけど、当ブログの記事について言及されまして。

映像を作る上である私の悪癖を説明するために用いた、と解釈しています。

いや、映像については私一人ではないので、自分にとって耳が痛いことや相容れない言葉でも受け入れるように努めようと考えてます。

ただ、当ブログについては、私の独り善がりの詰まらないブログであることを骨子にしているので、当ブログの記事についての言及に限ると別になります。

 

しかし、当ブログの運営についての姿勢について考えること自体は良いことでしょう。

今年は「忠言を聞く」と言う姿勢でいたいので無意味かもしれませんが、一先ず考えてみます。

 

まず、言われた内容をかい摘んで書きますと…

 

・記事の中で語られる私は、現実味がない「架空の存在」のようで、真実味に欠ける人物像である。

・真実味の欠ける人物像であるから、読者が増えないし、リアクションが殆どない。共感してくれる人も居ない。

・自分で「自分っぽい何者か」を演じている記事である。

・「自分っぽい何者か」で語られる記事であるから、何かをテーマにした記事を書いても上滑りしている。オチすら、空振りになる。

・最終的には、最初に掲げたテーマの回収すら至らずに終わる事が多い。

 

私が何処にも居ないことは最近発見したので、「架空の存在」であるのはそうなのかもしれません。

何処にも私が居ないので、私は「私のように振る舞う何者か」を演じている、と。

成る程、的を得ています。

この弁で行くと私が何を言っても「私のように振る舞う何者か」であり、「架空の存在」であるからすべて嘘になります。

何を言っても人の心を動かすことはなく、何の生産性もありません。確かにその通りです。

いや、詰まらないブログとしては、正しいことのような気もします。

同時に、周りにとっては嘘で聞く価値のないブログであっても私にとっては現実であり真実です。

「架空の存在」である私が私の現実なので、如何ともし難いのが率直な心境です。

 

この忠言を聞こうと努めると…どういうことだろう?

「在るなら在るで良いけれど、無いなら無いで構わない」思想を抜きにすると「映像で伝えるのに「架空の存在」では嘘でしかなく、何も伝えられない」と言うことです。

映像のキャラクターと考えるならば、キャラクターに「何もない」とどう作るか分からくなりそうですし、キャラクター像については別の方にも言及されているので、キャラクター像の修正については考えます。

これが当ブログと関係があるのでしょうか?あると考えたから言われた訳だけども。

 

そも、当ブログの記事は共感されたいのか?

何か人の心を動かしたいのか?

否、断じて否。共感されたい訳ではありませんし、人の心を動かしたい訳ではありません。

 

なら、何故記事を書くのか?

私のため、自己満足のために書いています。

私を規定するのに必要な「私のように振る舞う何者か」であり、「架空の人物」です。

私にとっての現実と真実を書くために書いています。

 

…しかし、忠言として考えるならば、それらしい「人物」を出した方が良いか?

そうすると当ブログ内でキャラクターを作った方が早いですね。

私とは別に正反対な人物像…「ポジティブ」なキャラクター??

こう、「私のように振る舞う何者か」と「ポジティブ」が会話するようにすれば…ネタにはなるかな?

これは改善なのだろうか?根本は何も変えてないしな…

 

こういった毒にも薬にもならない結論がもやっとするのかもしれませんけど。

あえて、言い切る。

 

私の記事は詰まらない、それで万事良し。

 

ネタが出たので、何回かは試しに書いてみます。

お題は…スロットで「恋バナ」とかあるからそれで←

 

相も変わらず空振っています。

私の嘘は聞き流して頂ければ。