ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

【あなたが眠るまで。】その8

がやあー、がやー

僕の耳にあの朱い何かの鳴き声が届いた。

空を見上げてみたが、ここは葉と葉の隙間さえないのか朱い何かは見えない。

ただ、人の神経を逆撫でるような鳴き声だけが聞こえて来る。

僕はあの朱い何かが僕の前に現れるのは何故なのだろうと、頭の片隅で考えた。 

僕の眼前ではカケルとミカヅキが相対している。

その空気は緊迫していて、僕が入れる余地はなさそうだ。

僕はこの何もかもが異常な空間の中で何も出来ない木偶の坊だった。

僕が鳥居の中に入るのかどうかの話をしているのに、僕は事の成り行きを見守ることしか出来ない。

一人ぽっかりとした穴に取り残されたかのように、僕は突っ立っていた。

がやあー、がやあー

朱い何かは僕の上を嘲笑うかのように鳴いている。

僕は本当に何もしなくても良いのだろうか?

と、カケルが空を仰いだ。

そしてへの字に口を結んだ。

カケルにもあの朱い何かの鳴き声が聞こえたのだろうか?

ミカヅキも空を仰いだ。 

「…話す時間もなかったみたいね」 

ミカヅキはそう呟くと、僕の方に振り向いた。

話す時間がなかった?

どう言う事だ?

ミカヅキは僕の手を取ると僕の目を見た。

このまま鳥居の中に入るのだろうか? 

「逃げますよ」 

ミカヅキはそう言うと僕の手を引っ張って、社から離れていった。

え、逃げる?

カケルは?

僕は咄嗟に彼女の手を引っ張った。 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。カケルは?鳥居の中に入るんじゃないのか?」 

「…その話は後で。来ます」 

何が?

と僕が問おうとした、次の瞬間。

僕の周りを取り囲んでいる木々の中からあの、木の怪物が現れた!

しかも、一匹、じゃない。

二、三、四、五…数え切れないほどの木の怪物が群れをなして押し寄せてくるではないか!

ミカヅキは僕の手を再度握り直した。 

「…必ず助けるから。早く」 

僕は握られた手を見つめながら、考えた。

僕がここに残ってもあの木の怪物を倒せない。

鳥居の中に入れば出られない。

ミカヅキに付いて行くしか、助からない。

愚か者の僕はここに来てようやく、僕に残された選択肢は今一つしかないことに愕然とした。

「カケル…」 

僕は、続く言葉を心の中で呟いた。

カケル、ごめん。

必ず助けに行くから…僕はミカヅキの手を握り返した。 

「…分かった。行こう」 

ミカヅキは僕の言葉を聞くと、深く息を吸った。 

「…稲穂を揺らす風よ、重い袋を両の手に、我を立たせよ」 

ミカヅキはそう唱えると前へ動いた。

すると、彼女と僕の身体は鳥のように宙を飛び始めた。

木の怪物たちは一斉に僕らに枝と言う枝をしならせながら伸ばして来る。

彼女は木の怪物達の枝や葉の間をすり抜けて行くと、木々の中へ飛び込んで行った。 

「お兄ちゃーーん!」 

遠くでカケルの声が聞こえる。

あの朱い何かと木の怪物たちの中、独り残して。

 

幾千の木々の間を鷹のように飛び抜けて行く。

新幹線の外の電線のように木々が蠢きながら後方へ去って行く。

僕の意識は遥か彼方へ置いてきたままだ。

ミカヅキが僕を鳥居から引っ張り出した時、僕がカケルの手を離さなければ。

何であの時、手を離してしまったのだろう?

僕の中にあるのは後悔と責念の想い。

僕は川の枯れ木に引っかかった紙のようだった。 

ミカヅキの手はそんな僕の手をしっかりと握っていた。

彼女は一度もこちらを振り向かないが、たおやかな手からは彼女の意思、決して離すまいとする想いが感じられた。

それはあの時に僕が出来なかったことを彼女がしているようで、僕はより自分を責め立てられる気持ちと、その握られた手に救われるような気持ちの間で、僕は揺らいでいた。 
幾許か過ぎた頃、ミカヅキは下に降下して行った。

と、急に視界が開けるとぽっかりと空が明いた場所に出た。

ここは…僕が倒れていた場所?

上を見上げると木々と空がはっきりと分かれている。

社の時は葉の陰と空の闇との境目が分からなかった。

朱い何かも見えなかった。

でも、ここははっきりと空と木が分かれている。

そうだ、この場所だ。

この場所で僕は居ようとしたんだ。

そして、僕がどうしてここに居ようとしたのか、今分かった。

あの時は空を葉が覆っているのかと訝しんでいたが、実際はこの目で空と木々を区別が出来ていたのだ。

木々の中に入れば何処まで行っても木々の中で区別がつけられなかった。

だから、あの時動きたくなかった。

この場所は僕の目に確かに木の一本一本の違いが分かる場所だ。 

彼女はここに連れてきてどうするつもりだろう?

僕が最初に居た場所で何をするつもりなのだろう?

静かに地面に着地をしゆっくりと立つと、彼女の手は僕から離れていった。

そして、彼女は僕に向き直った。

空の暗さを映しながら。

 

uenokoeda.hatenablog.com

 

uenokoeda.hatenablog.com