ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

【あなたが眠るまで。】その12

弁当箱の中身は半分ほど食べていた。

からあげは最後に食べようとしていた3つとも入っていた。

減ってなく、増えてもなく、整然と3つ、弁当箱に収まっていた。

僕はカケルに弁当箱を差し出すとカケルはひょいっとからあげを1つつまみ上げると、そのまま一口で頬張った。

カケルが咀嚼する様子を僕は無言で見ていた。

カケルには大きかったのか、頬が膨らんだり凹んだり何度も繰り返していた。

目は軽く細められて、からあげをしっかりと味わってる。

そして、こくんと飲み込むと、満足そうに息を吐いた。

「ふー、おいしかった!ありがと、お兄ちゃん」

カケルはニコッと笑った。

そうしてミカヅキに向かって手を出した。

ミカヅキはカケルの手を数秒見つめるとスッと顔を上げた。

「私に何を求めるの?」

ミカヅキは小声でカケルはニタリと笑った。

「そうだなー?お兄ちゃんと遊ぶのをジャマされたしぃ?何してもらおうかなー?」

首を可愛らしく傾げているが、細く細く絞られた両目の隙間から、ねばつく空気を纏わせてミカヅキを見ていた。

「…この異空間で人間は長くは居られないわ」

ミカヅキは優しく、けれど子どもを叱る調子で言った。

言外にカケルも承知していることであるかのようだ。

しかし、カケルはそっぽを向いて両手を頭の後ろに組んだ。

「僕、分かんないなー」

そう言って口笛を吹く真似をする。

尖らせた口からはヒューヒューと気の抜けた音がした。

ミカヅキは軽くため息を吐くと、目を少し伏せた。

「……遊んであげる」

「本当!?」

ミカヅキが告げるとカケルはミカヅキ食い気味に反応した。

目は爛々と輝き、期待と共に目一杯息を吸い込んだ。

そうして、陶酔と共に吐いた。

ミカヅキはそんなカケルに人差し指を立てる。

「後でね」

「えーーー?!」

カケルは驚愕で目が見開き、今度は失望共に息を吸い込み、落胆と共に吐き出した。

「あーあ、がっかりだぁ」

カケルは首をガクンと落とし、腕をぶらりとさせて、身体全体でがっかりしていることを主張した。

けれど、直ぐに顔を上げるとにっこり笑っていた。

「なーんちゃって。冗談だよ。じゃあ、僕行くね」

そう言うな否やパッと後ろへ飛び退いた。

カケルとはこれで最後だ。

多分もう、会うことはない。

別れの前に僕は思わず声をかけた。

「何処に行くんだ?」

カケルは僕に目を向けると、これから悪戯をしに行く悪童のようにニヤリと笑った。

そうして指を上に差し、さらっと言った。

「神さまのとこ」

カケルはクスクス笑っている。

そうか、この異空間を作り出した超常な存在に会いに行くのか。

思えば、あの鳥居の先へ僕を連れて行こうとしたのも単純に僕と神さまと一緒に遊ぼうとしただけだったのだろう。

カケルはやはりカケルだった。

僕もくすりと笑った。

カケルは僕の顔を見て小さくうん、と頷くとそのまま駆け出した。

ミカヅキお姉ちゃん、また後でねー?お兄ちゃん、じゃーねー!」

元気に手を振りながら、笑いながら、カケルは木々の中へ飛び込み、暗闇に溶け込み、そうして見えなくなった。

 

静かだ。

あの朱い何かはもう居ない。

木の化け物も無邪気に笑うカケルも居ない。

葉の擦れる音さえもじっと息を潜めているかのような静けさ。

ただ、舞台上で一人スポットライトを当てられ、最早これ以上語ることがなくなった役者が何処を見るともなく佇むように僕はぽっかり空いた土の上に居た。

僕の隣にミカヅキが立った。

これで全てが終わった。

僕は彼女の顔を見た。

彼女の凛とした涼やかで美しい瞳に僕が写る。

 「ミカヅキ、ごめん。ありがとう」

ミカヅキの瞳孔が少し開き驚いた表情をした。

そして、顔を背けた。

「…十分だと言った」

「それでもだよ、僕が言いたかったんだ」

ミカヅキは顔を背けたままだ。

よく見ると乳白色の肌に赤みがさしたように見える。

まさか、照れているのだろうか?

僕は超越した『美しい』の具現のようなミカヅキがここに来て急に身近に感じられた。

自然と笑みがこぼれた。

ミカヅキはちらっと僕を見るとふう、と釣られたようにふっと笑った。

儚く、壊れてしまいそうなのに決して崩れることのない笑顔の少女としばらく笑い合った。

程なくして、ミカヅキは僕に手を差し伸ばした。

「…そろそろ帰りましょう」

僕は無言でミカヅキの手を取り応えた。

ミカヅキは小さく僕の手を引っ張り連れて来たのは、僕が横になっていた場所だ。

ミカヅキはその場所を指差した。

「ここに横になって」

僕は言われるままに横になった。

ミカヅキは横たえた僕の傍に座ると、僕の額にそっと手を添えた。

「…目を瞑って。目が覚めたら、戻っているから」

そう言いながら、添えた手を僕の両目を覆う。

途端、身体は水か抜け出すように段々と沈んでいくのに、意識はヘリウムガスの風船のように浮くような不思議な感覚がした。

………めざし

「え?」

僕は小さく聞こえた声に反射して声を出した。

めざし、と聞こえた気がする。

そして、その声は何処かで聞いた気がする。

そう、ここで聞いた泣きそうな声に似ているような…

「何でもないわ」

ミカヅキは僕にそう言った。

「何でもない」と言う言葉自体、何かを言ったことを打ち消す言葉だ。

僕はただ、「え?」としか言ってない。

それなのに、この返答ということは、ミカヅキが「めざし」と言ったのか?

何で…と僕が訝しく考えていた。

僕が口を開こうとすると僕の両目に添えられた手にグッと力が入った。

「何でもないわ」

二度目だ。

これ以上追求するなということだろう。

僕は右手を軽く上げて手を振った。

僕の両目はミカヅキの手で覆われているから、ミカヅキの表情は読めない。

ただ、ミカヅキの手が少し熱くなったような気がした。

案外、顔に出るタイプなのかもしれない。

ミカヅキは咳払いを一つすると、スーと深呼吸しているようであった。

僕も深く息を吸った。

鼻孔に木々の湿った匂いがかすめた。

そこへミカヅキの声が降ってきた。

「人の目よ四半時廻り、千木のむねの屋根の家へ両の手を上げよ」

周囲の音がどんどん小さくなり、先ほどよりもぐんぐんと上へ上へと意識が引っ張られているように感じた。

ジェットコースターに乗り込み、コンベアで運ばれていくような緊張と期待が入り交じっていく。

僕の右手に何かが握られた。

ミカヅキの手だろう。

それだけで僕は安堵した。

最後に、ミカヅキがこう言った。

「安心して。傍に居るわ。あなたが眠るまで」

そうして、海にたゆまう小舟の中で燦々と太陽の日差しを受けるように僕は長く息を吐き、眠りに着いた。

 

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