古い石油ストーブを点火するのに、マッチを擦る。
マッチ箱の横のざらざらは、マッチを擦った跡が幾重にも、白い尾を引いている。
縁のまだマッチを擦っていない部分に、マッチの頭を慎重に当て、手のスナップで一気に擦る。
白い煙を瞬き、ぼっと火が着いたマッチ棒を、石油ストーブの燃焼筒の下にある芯にさっと点火する。
そっと燃焼筒を置いて、赤くなるか確認する。
ゆっくりと赤くなる燃焼筒を見て、一先ず、安心する。
手元に残った、泥んこになった子どものような真っ黒な顔をしたマッチを、空き缶の中へと入れる。
からん、と音を立てて、同じように底にいる黒い顔のマッチたちに、新入りは挨拶する。
元は同じ赤い顔のマッチたちは、苦労話で花が咲くことだろう。
今日、私は母に連れられて、新しい石油ストーブを買った。
古い石油ストーブがたまに不燃焼して、目から涙が出るくらい、きつい匂いを発するから、買い換えすることになった。
今度の石油ストーブは、電気の力で着く。
もう、マッチを擦らない。
新しい石油ストーブを、部屋の片隅に置くと、からん、と音がした。
足元を見ると、倒された空き缶から、黒い顔のマッチたちが、我先にと飛び出していた。
空き缶の安寧の底から、急に降って湧いた騒動に、野次馬のように群がる黒い顔のマッチたちに、苦笑する。
腰をかがめ、一つ、一つ、空き缶の底に落としていく。
からん、からん、と音を立てて、元いた場所に戻っていく。
これから、彼らは何を話すのだろうか?
心配せずとも、彼らはもう、用済みだ。
安寧の底で、好き勝手喚いて構わないのだ。
君たちは何も心配しなくて良い、そう呟く。
からん、と音がなった。
その音が何処か悲痛に感じた。
まだやれる、そう空き缶の底から叫んでいるのが、いるのかもしれない。
古い物は、捨てられていく。
何時までもそのままにできない。
だが、せめて、一時は思い出したい。
あの黒い顔のマッチたちの、からん、とした音を。