ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

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似た言葉を用いている気がする。

ほら、「気がする」は、よく使う言葉だ。

よく使う言葉の傾向は、本質を写すの鏡だ。

 

「かもしれない」もよく使う。

「多分」もよく使う。

曖昧模糊な表現が多いことが分かるだろう。

 

からしいことを求めているのに、言うこと、書くことぼんやりしている。

朝の霧の奥深くに見える自転車のライトのように、ぼんやりとしている。

または、試験管に入れた水に数滴の試験薬が広がるように、ぼんやりとしている。

 

世の中には色々な考え方がある。

話を聞けば、一理ある、と膝を打つ。

そうして、色々な考え方を知っていくと、自分の考えの粗が目立つように感じられる。

 

私が希薄なのは、絶対とする私自身の核がないからだ。

絶対とする核がないのは、自分の考え方に信念がないからだ。

自分の考えに信念がないのは、私が間違えるしかできないからだ。

そうした私の間違えを、様々な正しさが指し示す。

私は、「その考え方は間違っている」と、他の人に否定できるほど、私自身の密度がない。

 

もっと自分の密度を上げるよう、とは考えてはいる。

色々な事柄に興味を持てば、何時か、私の核ができる、多分。

 

世界の密度に弾かれ続けて、ぼんやりとする私の輪郭を、なぞってみる1月かな。