盆に来る住職さんを迎えるために、部屋の片付けをしようと考える。
考えて、布団の上で考えて、朝から晩まで考えた。
そして、燃えるゴミと燃えないゴミを何となくまとめた辺りで時間が止まっていることに、今気付く。
もう少し、片付けないと、流石に人を入れられない。
普段、来客で人様を家の中に通すことがないから、年に1度の盆は、厄介だ。
部屋の隅の埃も掃除機に吸われて綺麗になって、私にも益があるのが質が悪い。
この記事を書き上げたら、もう少し片付ける。
せめて、前日には何となく人が通せる感じになる位には片付けたい。
…本音を言えば、私は見られて困るというより、両親が気にしているだけの気がする。
昔、タイムヘルパーという仕事をしていたことがある。
決められた時間内で生活に不便に方の手伝いをする、というものだ。
私の場合は障碍児の親御さんに数時間だけその子と家に一緒に留守番やお出かけをして欲しい、ということが多かった。
関わった方なら分かるかもしれないが、その子どもに係っきりで他のことが疎かになりがちだ。
また、障碍の特性である特定のことに拘って、そのままにされている場合もある。
即ち、結構、物が放り出された状態が多々ある。
それでも、私の部屋に比べれば整然としているので、私は全く気にしていなかった。
むしろ何も物が置かれていない状態の方が、無理して片付けたのではないかと勘ぐってしまい、逆に不安になる。
別に放っていても、特段何か困ることはないだろう。
あ、いや困ることはあるのか?
こうして匿名とは言え、「物が放っている」などと書き込んで記事にすれば、拡散される?
…お母さんは大変なのだから小さいことに拘るな、と何のフォローにもなっていないかもしれないが、私は主張しておこう。
余計なお節介ばかりで、自分のことがまた蔑ろになってしまった。
ええ、ええ、片付けますよ?
ももももちろん、か、片付けますって…いや、本当に?
………起きたら片付いていないかな………………