硯を取っ掛かりにして考えます。
習字で墨を擦るのに使われる硯。
正月くらいにしか活躍どころが無いような…?そうでもない??
硯と聞くと私は、「徒然なるままに、日暮らし硯に向かいて、心に移りゆく由無し事をそこはかとなく書きつくれば、怪しうこと物狂おしけれ」が思い付きます。
意味は、「何となく戯れに一日硯に向かって、心に浮かんだことを取り留めも無く書き始めたら、まるで何かに憑かれたように筆が止まらない」です。
吉田兼好さんはブロガーだった説?もとい、現代に生きていたらブロガーになっていたでしょう。多分。
しかし、一日中硯、もといパソコンに向かっていたとしても。
そんなボロボロと言葉が出るもんなんでしょうかね?
いや、言いたい事や思い付いたことをまとめずにひたすら書き続ければ、ある程度の分量にはなるでしょうけど。
心に思い付く前に言葉を知らなければ、続きが書けないのでは?
私も今、パソコンに向かって彼や此れやと思いを馳せていますけど。
特にこれと言ったことが思い付かないですし。
強いて言えば、台風が過ぎ去って一段落なんでしょうか。
晴れの多い地域ですから、雨は割と珍しく。
ただ、最近はテレビを全く観ないので、実家に帰った時の情報が目に入ってきて。
ああ、そうか、台風の季節か、と気付く訳です。
次いでに言うと築地市場の移転の見直しですか?あれもテンで観ていないから、はえ〜と間抜けな声を出して間抜けな顔をする訳です。
最近知ったと言うか、ラッスンゴレライの二人組も全然知らなくて。
で、オリエンタルラジオ(以下オリラジ)が「PERFECT HUMAN」が流行り始めた時に、オリラジがラッスンゴレライをしているらしいことを知り。
「そういやラッスンゴレライってどんなのだろうか?」と、調べたのが5月くらい?
それまで本当に知らなかったので、ラッスンゴレライと言う名前じゃなかった(8.6秒バズーカ)と言うのも、この時知りました。
オリラジのラッスンゴレライが好き過ぎて、本家霞んじゃってますけど。
そう言えば、近々長野県でお笑いライブがあるらしく。
ラッスンゴレライが来るんですよね。
フルーツポンチとかCOWCOWとか割と豪華なメンツだったような。
でも、私が見た広告では皆、煽りコメント(フルーツポンチ:ヒザ神降臨!?、COWCOW:あたり前体操!!!)ってあるのにジャングルポケットだけなかったんです。
こてつとかマイナーなのにも「長野住みます芸人」って煽りが付いているのに…
何かなかったの?ちょっと可哀想だよ。
可哀想と言えば、「僕らはみんな河合荘」が思い付くんですけど。
そっちは買っていないんですけど。
同作者がwebで公開している「ヘッポコロジー」というサイト内の「となりのネネコさん」の続きが止まっていることが気になって気になって仕方がないんですよ!
途中過ぎるだろ!いや、本当、更新してくれやしないだろうかと、未だに密かに待っているんですよ…(キモいとか言わないでね☆)
それとも、今連載している方を応援した方が良いんでしょうか?それはそれで、何か寂しく思うのですけど…
と言うか、秋ですね。
月が綺麗な9月ですよ。
誰かが隣にいて言ってみたいですね。
「月が綺麗ですね」
「わたし、死んでもいいわ」も捨て難い。
と思って調べてみたら、どうやら当人達は訳したかどうか怪しいらしい。
ええ?こんな素敵なのに?いや、素敵だから残っているんだろうけど。
私だったら、どう訳そうかね…
いや、一生使うことの無いことを考えても仕方が無い。
止めだ止めだ、また言葉を弄すことになるだけだ。
とかここまで心の赴くままに書き連ねてますけど。
ここまで結構、ちょこちょこインターネットで調べたりしてますし。
時間で言えば、1時間も経っていないですし。
吉田さんは一日中硯に向かって、尚書くことができた…?
これは憑かれてますわ、本人も途中良く解らなくなっているんじゃなかろうか?
いやー、発見ですね。吉田さんにも是非を聞きたい、って死んでるか(笑)
言いたい方向さえなければ、何時までも書けるだろうけど、憑かれたと言われても仕方がない駄文が出来上がるだけ。
徒然なるままに、ブログに向かいて…でした。