ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

【あなたが眠るまで。】その2

2.暗い暗い夜道

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 

僕を呼ぶ声が聞こえる。

ずいぶんと幼い声だ。

はて、誰だろう?

訝しく思いながら、目をゆっくりと開ける。 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 

そこで真っ先に目に入ってきたのは。

「…………誰?」 

「お兄ちゃん?僕だよ!カケルだよ!?」

カケル……ああ、そうだ、カケルだ。

所々土汚れで顔が黒くなっているが、間違いなく僕の弟のカケルだ。

僕は何をトチ狂ったことを言っているんだ。

自分の弟の顔を見て、今の言葉はないだろうに。 

「悪い、そうだよな、カケルだよな」 

「そうだよ、カケルだよ?ねぇ、どこか痛いところはない?」 

言われてみて、さっきまで僕を苦しめていたあの頭の痛みがないことに気付いた。 

「……いや、どこも痛くないよ」 

そう言いながら上半身を起こしてみた。

どうやら外にいるようだ。 

「本当に?どこも痛くない?」 

カケルはしきりに尋ねてくる。

僕は右手を挙げながらグッと立ち上がった。

その場で上下に体を動かしてみる。

うん、どこも痛くない。

むしろ、今までにないくらい清々しい気分だ。 

「ああ、大丈夫だ」 

そう笑顔で言うと、カケルの目に涙が溢れ出しながらー

「良かったぁ…もう心配させないでようぉ」 

と情けない声で言った。

それは僕の知っている泣き虫で甘えん坊の弟で、なんだかひどく安心した。 

「なーに泣いてんだよ、この泣き虫が」 

僕は乱暴にカケルの頭をグリグリした。

「うわ〜、やめてよぉ」 

いつものように眉毛を八の字にしながら、けれども決して手を払わずにされるがままにされている弟がいた。

しかし、そんな弟を眺めながら、疑問が浮かぶ。

ココはドコか?

どうして僕はココにいるのか?

一体、何が起きているのか?僕は改めて辺りを見渡してみた。

 

木だ。

辺り一面木、木、木、木…鬱蒼とした木々が囲んでいる。

自分の育った街にこれほど木が密集した所などあっただろうか?

それにしても随分と不気味だ。

まるで木々の一本一本がこちらの様子をじっと伺っているような、威圧的な気持ち悪さがある。

うら寂れた遊園地にあるお化け屋敷でも、もう少し可愛げがあるもんだ。

次に上を見た。

そこには目を覚ました時と変わらない空の暗さがあった。

今日は月は新月だったか…もしかしたら、ずっと上の方で葉が幾重にも重なっているのかもしれない。

そう思えば、この木々の不気味さも納得ができるというものだ。

鬱陶しいくらいに葉が空を覆い隠せば、威圧的にもなるし、気持ち悪い。

時間は夜、だと思う。

日が出ていれば葉が透けて見えるハズだ。

それとも、日の光さえ拒んでいるのだろうか?

空はただ暗い。

これだけ暗いのに、何故、木が見える?

この暗さに目が慣れているのだろうか?

いや、僕は最初朱い何かを見た。

ソレは僕が目を覚ましてすぐだ。

あの時見たあの朱い何かは奇妙な鳴き声を発していたじゃないか。

ココはおかしい、変だ。

僕の全身が怯えている。

早くココから脱出しなければ…… 

「お兄ちゃん…」 

カケルは弟の頭に手を乗せたまま止まった僕をまたあの弱々しい声で呼びかけた。

右の袖がぎゅっと握られた感触と共に微かな震えが伝わって来た。

僕は震えるその手を左手でそっと握り返した。

この得体の知れない所で弟を守れるのは僕だけだ。

僕が弟を守らなければ…

「カケル、心配すんな。兄ちゃんがいるんだからな」 

僕はそう言ってカケルに笑いかけた。

カケルは僕の顔をじっと覗き込んでいる。

「うん。お兄ちゃん、僕もう泣かない」 

両目を涙で赤く腫らしながら、カケルは僕に笑い返した。

まだ顔には強張りがあるが、それでも口の両端を精一杯に持ち上がっている。

そんな弟の頭にもう一度手を置き、先程よりもゆっくりと頭を撫でた。 

「よし、偉いぞ。流石は俺の弟だ」 

「…だから、やめてってばぁ」 

そう言いながらもカケルは嬉しそうにされるがままになっている。

一通り頭を撫で回した僕は先程から抱いている疑問をカケルに聞いてみた。 

「…なあ、カケル。ここはドコだ?こんな木がある所なんてあったっけ?」 

まだ幼いカケルに今僕が抱いている疑問を全て答えることは適わないだろうが、何かしらの情報が欲しかった。

先程から思い出そうと記憶を探るが、倒れる前の記憶が上手く思い出せない。

記憶の中から出て来るのは、まるで濃い靄がかかったみたいに薄ぼんやりとした輪郭の映像ばかりだ。

もしかしたら、先程の頭痛の余韻が残っているのかもしれない。

今この頭は頼りにならない。

ならば言葉にしてカケルに問いかけて、今の状況を把握することにした。

カケルは水晶玉のようなくりくりとした目で僕を見つめると、思いがけない答えを返して来た。 

「ここは高木神社だよ」 

高木神社…家と学校との通学路で僕が必ず立ち寄る所だ。

そうだ、僕はこの神社によく立ち寄る。

しかし、ここがあの高木神社?

確かに高木神社の境内に木々が生い茂っている林はあるし、僕が高木神社に立ち寄っても可笑しくはない。

でも、こんな他者を寄せ付けないような威圧感などあっただろうか?

あれ?

僕はどうしてここに立ち寄っているんだろう?

…駄目だ思い出せない。

僕は首を横に振って言葉を継ぎ足した。

「高木神社だって?ここが?」

「うん、そうだよ。ここは高木神社だよ?」 

カケルは首を傾げて不思議そうな顔をしている。

カケルにはどうして僕がそんなことを聞くのか分からないようだった。

ここは高木神社、らしい。

カケルは何の疑いもなくそう言い切っている。

もしかしたらカケルは勘違いをしているかもしれない。

例えばここが神社だと思い込んでいるとか、「たかぎ」というのを間違えているとか…でも、もし勘違いだとしても確認しなくちゃいけないことがある。

先にこの質問をするべきだったかもしれない。 

「それで、何でカケルがここにいるの?」 

もし、ここがカケルの言うように高木神社なら、どうしてここにカケルがいるのか分からない。

僕には高木神社に立ち寄っている、と言う記憶がある。

所々抜け落ちた部分はあるが、「立ち寄った」ことの事実に妙な自信がある。

でも、カケルがここに居る理由が皆目見当がつかない。

逆にカケルが勘違いしていたとしても、顔を土で汚していることや、僕の横で泣いていたことなどはどうしてだろう?

考えれば考えるほどよく分からなくなる。

カケルはどう答えるだろうかと、僅かな困惑を感じながら質問をしたのだ。

すると、カケルは顔を下に向けてしゃべり始めた。 

「えっと、ね?その、ね?お兄ちゃんの後を付いてったの」 

「は?何で?」 

「お母さんが、お弁当って。お兄ちゃん行っちゃったから」 

「お弁当?」 

「そう、お弁当!それで、僕届けるって、言ったの!」 

「いやいや、カケルや。お前今日学校は?」 

「学校はお休みだよ。そーりつきねんびだから」 

「あー、そう。でも、追いつけんかったろ?」 

「うん。僕もすっごく自転車で追いかけたけど、すぐ見えなくなっちゃた。でも、神社の所でお兄ちゃんの自転車を見つけて、ここだって!」 

カケルは目をキラキラして僕に話している。

僕はさっきまでわんわん泣いて怖がっていたカケルの姿がふと頭によぎり、思わず苦笑した。

カケルにとってこの道程は冒険だったのだろう。

後輪の泥よけに貼っている龍のステッカー付きの自転車を見つけた時の様子が目に浮かぶようだ。

歳の割に幼い印象の弟の話を聞きながら、僕は気持ちが和らいでいくのを感じた。

 

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