ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

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最近のマイブームは質問箱だ。

匿名の誰かから質問が飛んでくる。

それにいそいそと答えて、時間を潰している。

 

その中に「人生を語って」という質問が来た。

人生を語る、というのは質問ではなく要望かもしれない。

しかし、こういうのが来るのも醍醐味でもある。

 

以下は私の回答だ。

 

(人生を)語れるほどきちんと生きていない。

何のために生まれて、何で生きているのか未だ答えらしき答えも見出だしていない。

振り返れば、間違ってばかりで情けなくなる。

「間違ってばかりです」と呟けば、困惑させてしまうのは分かっている。

困惑させたい訳ではないけど、「間違ってばかりです」と言うしかなくて。

ただただ普通に生きることさえ私には不可能で、嫌になる。

意味もなく苦しい朝や、悶えるしかない夜を何編も何編も繰り返してきた。

それでも、私は私で生きていくしかない。

そして、私は私で生きてきた今がある。

これだけ間違ってきたのに、私は息をしているし、目を瞬いたりもする。

私の思考や精神はぐだぐだなのに、私の身体はお構い無しに食べて、寝て、何かしら動く。

ただ日常を送る、それだけで存外何とかなる。

語れるほどきちんと生きていないが、きちんと生きていなくても人生は進む。

結句、成るようにしか成らないのが人生ではないか、と答えにならない答えがぷっかと浮かぶけれど、正確には違うだろうとも感じて、答えにならない答えを沈める。

 

つまり、人生について語るほど私は思考できていない。

単にこの一言に収斂される感じです。

 

 

人生は語れないことを大いに語った。

これが私の思考の一端だ。

人生を語れるような大人物に成れる日は来るのか、果てのない夢を追うが如しか。