クライマックス。
7、(回想終わり)皮剥の館。
照明、背景薄暗い黄色。
音響、床や壁が軋む音。
九十九、下手から上手寄り舞台中央へ。
小夜、下手から下手側舞台前へ。
小夜「またお会いできて嬉しいわ、九十九一」
九十九「おや、この抜け道を見付けるとは。今まで誰も気付かなかったのに、よく見付けたものだ」
小夜「ええ、ちょっと親切な幽霊さんに教えてもらったのよ」
九十九「クックック、はて、誰だろうね?ユミかな?ナツかな?キリエかもしれないな……」
小夜「さあ、誰でも良いでしょ?ほおら、観念にして首でも差し出して?」
九十九「お断りだね、もっと私は人生を楽しみたいのでね?」
小夜「そんなこと言わずに。さあさあ、死にましょ?死んでしまいましょう?」
九十九「いや、紳士たるもの、礼儀は弁えないとね。レディーファーストだ。先に死に給え」
九十九、拳銃を構える。
小夜、抜刀の構え。
照明、全体暗め、小夜にスポット。
音響、無音。
小夜「開闢一閃」
音響、「ちりん」と鈴の音。
音響、銃声、弾丸が切られた音。
照明、背景薄暗い黄色。
音響、床や壁が軋む音。
九十九「フハッ!銃弾を切るか!驚いたね!」
小夜「私の「開闢一閃」に切れないものはないわ」
九十九「しかし、「開闢一閃」?その構え以外で銃弾は切れないのかい?銃弾を切れる程の力量なら、さっきの手合わせで見せてくれても良かったじゃないか?」
小夜、沈黙する。
九十九「クックック、沈黙ほど雄弁なものはないね!「開闢一閃」の攻略(こうりゃく)自体はそれほど難しくなさそうだね。さあ、どうしようかね?クックック……」
小夜「ねえ、技名ってどうして叫ぶと思う?」
九十九「んん?」
小夜「答えはシンプル、間抜けを釣るためよ」
雨羅、上手から一気に九十九の懐へ、脇腹にナイフを突き立てる。
九十九「ぐっ……!」(九十九、指を合わせる)
雨羅「おっと、同じ手は喰らわねーよ!」
九十九、指を鳴らす。
小道具、九十九の手から煙。
音響、破裂音。
雨羅、転がって小夜の近くへ。
小夜「お見事」
雨羅「引き付けありがと」
小夜「どういたしまして」
九十九「クックック……気配は全く分からなかったよ……これでも、相手の気配を読むのは、得意なんだけど、ね……」
小夜「気配を読むのが得意?冗談。館の中を逃げ回っていたのは、臆病(おくびょう)だったからでしょ?」
九十九「面白い解釈(かいしゃく)だ。臆病、成る程、私は臆病か……そうかもしれないね、猜疑心(さいぎしん)が拗れた(こじれた)のが、私という訳だ、クックック……」
小夜「ねえ?これからあなたは死ぬのだけど、少しは罪悪感を感じている?」
九十九「はて?罪悪感?社会の法の下では悪いことかもしれないが、この館においては、私が法だ。罪を問うのも馬鹿らしいし、悪など有りはしないのさ。そうさ、私は救ってあげているのさ、社会の呪縛(じゅばく)から、美しい彼女たちをね!」
雨羅「呆れた。死に際にそいつの本性(ほんしょう)出るもんだけどさ、こいつぁ真性の変態だ」
九十九「死に際?まだだ、まだ死なないよ。これから体勢を立て直して、反撃(はんげき)さ!」
小夜「あらあら、それは叶わないわ。後ろをご覧なさい」
九十九、上手に振り返る。
九十九「……クックック、とうとう見付かってしまったね!ああ、タミコ!私のタミコ!最初に出会った頃よりも、美しくなったね!ああ、タミコ!可愛いタミコ!……褒美(ほうび)だ、好きにすれば良い!ああ、タミコ!私のタミコ!愛しているよ!タミコ!!」
九十九、上手に飛び込むようにハケる。
音響、女の絶叫。
音響、皮と骨とが剥がれる音。
小夜「めでたしめでたしね」
雨羅「いやいや、まだここから逃げないと」
小夜「その前にタミコを退治?」
雨羅「できんのか?」
小夜「まあ、できないわね」
雨羅「おいおい」
小夜「多少の時間稼ぎと、親切な幽霊さんで脱出ね」
雨羅「時間稼ぎ?どうやって?」
小夜「私が時間稼ぎ、雨羅が幽霊さんを追う」
雨羅「あたし霊感ないんだけど?」
音響、物が倒れる音。
小夜「やっぱり親切ね」
雨羅「親切だな……そっちは大丈夫なのかい?」
小夜「心配?大丈夫よ、「オンキリキリソワカ、オンキリキリソワカ」って言えば良いから」
雨羅「ん?小夜って真言系だったのか?」
小夜「いいえ、別に真言系じゃないわ」
雨羅「じゃあ「オンキリキリソワカ」って何だよ?」
小夜「呪術に使う言葉よ。言葉はあくまで依り代でしかないから、別に「オンキリキリソワカ」じゃなくても良いわ」
雨羅「え、そうなん?」
小夜「ええ、「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム」でも問題ないわ」
雨羅「いやいや、自由過ぎるだろ」
小夜「呪文の使われている言葉に意味なんて無いに等しいから、気持ちよく言えるかどうかがむしろ重要ね」
雨羅「ええ?……そんなもんなん?」
小夜「そんなものよ?「ノエールジュンジュン、ノエールジュンジュン」でも良いわ」
雨羅「仁科さん、ブチ切れるんじゃね?」
小夜「でもノエールは喜びそうじゃない?」
雨羅「ハハハッ!そうかもなぁ……」
音響、女の呻き声。
照明、下手に白いスポットライト。
小夜「……あら、ごめんなさい?雨羅、追って」
雨羅「おう、小夜、またな」
小夜「ええ、雨羅、また……ウフフフフッ!さあさあ、捕まえてご覧なさい?タミコ!」
照明、下手の白のスポット消える。
雨羅、下手へハケる。
小夜、手をタミコにかざし、下手へハケる。
照明、全体を赤く。
音響、館全体が蠢くような音。
タミコN「…………フミ、サヨウナラ………フミ、フミ?………ア、アアア、アアアアア、アアアアア!」
照明、地明かり。
音響、オルゴールの悲しげな音色。