「(観客に)五感で悟らせる」、そうした脚本とはどういう脚本だろうか?
劇団員に質問してみたら、まず意識的にそうした脚本を書こうとすることではないか、と返された。
技術的な話ではないのか、と続けて尋ねてみたら、意識することで自然に技術が上がるのでは、と言われた。
意識、つまり、どういう意識を留意すれば良いのだろうか?
鳥瞰した視点で物事を考える癖をつければ良いのだろうか?
技術とは別の意識の問題は、私は掴めない。
人間の心の機微が分からないので、どうしてそうしたのかは「そういうものだから」になる。
しかし、「そういうものだから」では何かが欠落しているのだろう。
何が欠落しているのか、砂漠に落としたコンタクトレンズを探すレベルの暗中模索に感じて意識朦朧とする。
分かり易く「全体の構造をシンプルにして」だとか「センテンスの選び方は他の脚本を参考にして」だとか、そういうことなら良かったのに。
「五感で悟らせる」脚本とは一体、どういう脚本なのだろうか?
私の頭の中の物語を現実の舞台で再現でき得る、平面で記された物語を立体に読める脚本ということだろうか?
立体に読める脚本とは、つまり、どういう脚本だろうか?
4本の60分劇の脚本から考察すると、一番手っ取り早いのは主人公だろうか。
当ブログに載せていない脚本があるのであまり詳しく書いても仕方ないが、さらりとタイトルと感想と共に振り返る。
「それ、事件にしませんか?」は探偵が主人公なのだが、感想でサブキャラの主張が強過ぎて探偵の主軸がブレていないか、と言われた。
「一撃必殺」はラブコメを目指して書き、予定調和気味だが、筋はしっかりしているので遊びも入れ易い、と言われた。
「あなたが眠るまで。」は物の怪物で、「不気味」という一番大事な部分の感想が頂けたので成功だろう。
「ストーリーテラー・ストーリー」は売れない小説家で展開していくが、前半と後半で繋がらず、途中で飽きる、と言われた。
「一撃必殺」や「あなたが眠るまで。」は筋が通っているが、この2作品はある意味で難産で、「一撃必殺」は1年、「あなたが眠るまで。」の元である短編小説は6年の歳月がかかっている。
「それ、事件にしませんか?」と「ストーリーテラー・ストーリー」は思い付いて、その場で書き上げていて、この2つは軸がブレている。
時間がかかったのと、かからなかったのは、主人公の動向である。
大きい目的は決めていたし、サブキャラの行動指針もある。
しかし、大きい目的だけではざっくりし過ぎているし、サブキャラの考えまで書くと情報過多に成りがちだ。
そして、主人公だけ置いてけぼりをくらっている、のではないだろうか?
推察するに、主人公の細部が甘いのかもしれない。
他に技術的に足りないところや、間違っている部分もあるだろうが、現時点の手札を元に決めておく。
取りあえず、次は主人公をもっと意識してみよう、一番出番が多いキャラなのだから、「五感で悟らせる」のに役立つはずだ。
指摘自体は「台詞を言っていない役が棒立ちの印象」からだが、主人公が活き活きとすれば自ずとサブキャラも活き活きするはずだ。
よく考えるとサブキャラの方がよく動くのだ、私の場合は。
あまり主人公に入れ込めないのは、私が人生の脇役だからだろう。
当面の何となしの指針ができた。
間違っていたら誰かが指摘してくれるだろう。
一先ず、主人公のディテールを作る方向から「五感を悟らせる」脚本を作ってみる。
つまり、新作を書く。
書き直すのは実際に舞台に上げるときで十分な気がするからだ。
ここら辺の認識もズレている気もするが、書かないと分からないので書いてから考える。
まずは自分の中で面白いことを探すところから、良い脚本を目指す。