一人で空回って、書き上げた1時間ものの脚本だ。
これ、一人で勝手にやるつもりでいたんだよな、痛い奴だ。
登場人物は7人、長いから分割します。
【My life for me by me】
・登場人物
坂井 瞳（さかい ひとみ）
一人で暮らしたい。
ベッカム
無事に過ごしたい。
シャケ
毎日食べ物にありつけたい。
フジヤマ
にぎやかな輪の中に居たい。
穂積 歩（ほづみ あゆむ）
風の吹くまま、気の向くままに。
坂井 頼子（さかい よりこ）
一緒に暮らしたい。
マスター
コーヒーを飲んで欲しい。
0、坂井家。
坂井瞳（以下、瞳）、坂井頼子（以下、頼子）、猫のケンカのように対峙する。
瞳 もう、放っといてよ！
頼子 私はあなたのことを思って！
瞳 嘘ばっか！あんたは自分の思い通りにしたいだけじゃない！
頼子 考え直して！一人で暮らすなんて無謀よ！世の中はあなたが思うより危険なのよ！
瞳 臨むところよ！私は、私は一人で生きていくんだぁ！
頼子 瞳！
瞳、頼子、磁石のS極とN極が反発するように、離れていく。
1、穂積歩のワンルーム。
ベッカム、シャケ、ワルツを踊るように登場。
ベッカム、軽くステップを踏みながら、ベッドの下へ。
シャケ、冷蔵庫の中を物色した後、クローゼットの中へ。
フジヤマ、早足で観葉植物まで行き、何やら確認した後、踵を返して戻ろうとする。
フジヤマ （途中で止まる）My life for me by me、始まります。
フジヤマ、人差し指を口元に持っていき、「静かに」のハンドサイ ンをして、早足でハケていく。
穂積歩（以下、歩）、瞳、扉を開けて入ってくる。
歩 どーぞー
瞳 失礼しまーす……わあ、何にもない！
歩 えー、あるじゃん。ベッドにー、冷蔵庫にー、植物にー
瞳 それ以外はないじゃん
歩 まー、歩はーミニマリストですから
瞳 それにしても、何も無さ過ぎじゃない？
歩 まー、意外とどうにかなるものだよ？
瞳 ふーん？……本当に、ここを借りて良いの？
歩 うん、どーせしばらく帰って来ないし
瞳 ありがと、助かる
歩 いーえー、歩はー冒険に出かけるだけだから！
瞳 どこ行くの？
歩 とりまー、南へ
瞳 ……えらく漠然としてますな
歩 まー、歩はー自由人なので
瞳 ……歩のそういうところ、尊敬する
歩 止めろー、照れる
瞳 すごいぞ、歩、よっ、冒険者！
歩 照れるー……はい、カギ
瞳 ありがと
歩 では、瞳さんにー、幾つか注意事項があります
瞳 あ、はい
歩 この部屋にはー他に住人がいます
瞳 え、そうなの？
歩 猫さんがーいます
瞳 え、猫がいるの！わあ！
歩 まー、歩も見たことないんだけど
瞳 ん？見たことないの？んん？
歩 でもー、いるよ。冷蔵庫の中、よく物色して食べてるし
瞳 え？冷蔵庫の中を？え？猫が？
歩 うん、猫さんが
瞳 ……それ、本当に、猫？
歩 うん、猫さん、見たことないけど
瞳 え、待って。怖くなってきたんだけど
歩 猫さんがーお腹が空かないように、冷蔵庫の中にはー、食べ物を入れておいてください
瞳 えー……猫、なんだよね？
歩 うん、猫さん、見たことないけど、にゃーって鳴き声は聞こえるよ ？
瞳 ……そう、にゃーって聞こえるんだ。じゃあ、猫だ。うん、猫だ……猫か？
歩 それからー、時々ー、男の人の声がー聞こえます
瞳 待て、聞き捨てならない、え？男の声？
歩 「今日は燃えるゴミの日」とかー、「牛乳の賞味期限は明日まで」とかー、色々とアナウンスしてくれます
瞳 歩、ねえ、あなた、一人暮らしだよね？
歩 うん、一人暮らしだよ？
瞳 ……男の声が聞こえるのは、冗談だよね？
歩 歩はー正直者だよ？
瞳 ……待て待て待て。え、幽霊？幽霊がいるの？この部屋？
歩 幽霊さんかどうかは分からないけどー、お陰で超格安だよ？
瞳 あー、そういう……
歩 あ、幽霊さん、駄目な人？
瞳 ……へっへへへ、問題ないね！あの家に比べたら……
歩 そー……まー、親切に教えてくれるからー、悪い幽霊さんじゃないよ？
瞳 うん、なるほど、悪い奴じゃないのね、なるほど、悪い奴じゃない……本当に？
歩 まー、後はー、ご自由にしてください。歩のー留守を任せた
瞳 ……オッケー、任された。大丈夫、私なら何とかできる、何とかできる……できるか？
歩 じゃー、行ってきます。また会う日までー、さようなら
瞳 あ！ちょ！
歩 うん？
瞳 ……いや、何でもない。行ってらっしゃい！道中気を付けて！
歩 はーい。瞳さん、お達者で
歩、とことこと旅立つ。
瞳、鍵を閉め、一旦、座るが、どうにも落ち着かない。
瞳 ……猫、どこから入ってくるんだろう……？
瞳、何となしにクローゼットを開け、シャケと目が合い、直ぐ閉める。
瞳 ……待って待て、待ってくれ……頼む、ちょっと、マジで……
瞳、迷った後、もう一度クローゼットを開け、シャケをバッチリ確認して、閉める。
瞳 ……警察
ベッカム、ベッドの下から這い出て、玄関前へ。
瞳、時間が止まったかのように硬直し、ダムが決壊するかのように叫ぼうとする。
シャケ、クローゼットから飛び出し、瞳の口を抑える。
ベッカム、すかさず瞳との間合いを詰める。
ベッカム 静かに！……良いですか、静かにしてください……
瞳、首を縦に振って同意する。
シャケ ……見付かっちゃったね
ベッカム 見付かってしまったね
シャケ どうしようか？
ベッカム ……まあ、まずは、自己紹介でもしますか
シャケ 自己紹介
ベッカム そう、自己紹介……えー、瞳さん？初めまして、この部屋の、幽霊です
シャケ 猫です
ベッカム 長らく、この部屋に住んでいます。ええ、穂積さんがこの部屋に越してくる前から
シャケ 同じく
ベッカム 穂積さんが住んでいる間、色々とお世話をしました
シャケ 同じく
ベッカム 穂積さんが言っていたように、私たちは悪いモノではありません。無害です。むしろ、有益な存在です
シャケ そうです。お得です
ベッカム 今は、ちょっと、驚かせてしまったので、このような手荒な真似をしてしまいましたが、普段は静かにしています。 じっと手を見ているだけです
シャケ 汚れちまった悲しみです
ベッカム 瞳さんが大声を出さない、警察を呼ばない、と約束してくれるなら、離します
シャケ 離れます
ベッカム ……大声を出しませんよね？
瞳、16ビートのリズムで小刻みに首を縦に振って同意する。
ベッカム、シャケに鷹揚に首を縦に振って合図して、ゆっくりと玄関の方へ。
シャケ、ベッカムと同時にゆっくりと瞳から離れながら、ベッカムの反対側の方へ。
瞳、十分に2人が離れたのを確認する。
瞳 誰かぁ！助けてぇ！不審者がぁ！
ベッカム、シャケ、電光石火で間合いを詰める。
シャケ、再び瞳の口を抑える。
シャケ ……大声、出したね
ベッカム ……出したね、大声
シャケ どうしよう？このままだと、誰か来る？
ベッカム （腕時計を確認する）不幸中の幸い、この時間帯なら、多分、大丈夫です……
シャケ ほづみんだったら、「そうですか、これはー挨拶が遅れました」と言いそうなのに……
ベッカム あの人がレアケースというか、ちょっと特殊というか、すごく天然というか……
シャケ ほづみんの友達だから、何とかなるんじゃなかったの？
ベッカム まあ、予想は外れるものです
シャケ どうしようか？
ベッカム このままだと、警察も呼ばれるでしょうね……
シャケ そうしたら、困るね……
ベッカム そうですね……いや、困るのは、私たちだけではない、か？
シャケ お？
ベッカム 瞳さん、あなたがこれからするであろうことを、説明しますね？
シャケ 説明しますね
ベッカム まず、あなたは助けを呼びます。当然でしょう、私たちは、その、不審者なので
シャケ 不審者なので
ベッカム そうなると、警察からこの部屋を貸した穂積さんや周辺住人の方々にも連絡がいくでしょう
シャケ 連絡がいきます
ベッカム その中に、あなたの保護者の方への連絡もあるでしょう
シャケ あるでしょう
ベッカム この部屋に不審者がいる、となれば、まあ、ご実家にお帰りになるのが筋でしょう
シャケ 実家にとんぼ返りです
瞳、手を挙げる。
ベッカム、シャケに口を外すよう、目で合図する。
シャケ、そっと口から手を外す。
瞳 ……それは、すごく、嫌です
ベッカム そうでしょう、困るでしょう！
シャケ 困っちゃうでしょう！
ベッカム ただ、このまま、警察を呼ばないで頂ければ、私たちは、大人しくしています
シャケ 良い子でいます
ベッカム ……どうでしょう？一先ず、このまま、現状維持して頂けませんか ？
シャケ して頂けませんか？
瞳 ……離れてください。もう、叫びませんから
ベッカム、シャケ、顔を見合わせた後、再び瞳から離れる。
瞳 ……分かりました。歩も、悪い幽霊じゃないって言ってましたし。あの家に帰るくらいなら、受け入れましょう
ベッカム、シャケ 良かった……
瞳 訳あり物件、まあ、うん、まあ……えー、改めまして、坂井瞳です
ベッカム 幽霊です
シャケ 猫です
瞳 ……えっと、名前、ないんですか？
シャケ 私は、ほづみんから「シャケ」と呼ばれています！
瞳 シャケ？
シャケ 鮭が好きなので！よく冷蔵庫の鮭の切り身を焼いて食べてます！
瞳 ……うん、鮭を焼いて、うん……歩の危機意識、どうなっているんだ？
ベッカム いや、本当。玄関のカギ、閉めずに出かけたりとか、どっか抜けてるんですよね、あの人。まあ、お陰で今まで、特に騒がれずに、平穏無事に過ごせられていましたが
瞳 幽霊さんは？
シャケ ベッドの下の斧男だよ
瞳 ベッドの下の……へ？
ベッカム あー、都市伝説、ご存知ない？
瞳 いや、聞いたことは……一人暮らししているところに友達が泊まりにきて、深夜に友達が急にコンビニに行こうと誘い出して、しぶし ぶコンビニまで着いていったら、友達から「ベッドの下に男が居た 」という、洒落恐の……
ベッカム そうそう、それです。ベッドの下の斧男、それが私です
シャケ よっ！伝説の男！
瞳 ……えっと、その、斧、あるんですか？
ベッカム ああ、はい（ベッドの下から斧を出す）
瞳 ヒッ
ベッカム まあ、使ったことないですけどね、一応、私のアイデンティティ、チャームポイントですので（ベッドの下に斧を戻す）
瞳 斧は飾り、斧は飾り、斧は飾り……そうであってくれ……
ベッカム なので、私のことは、斧男とでも
瞳 不穏！斧男とか、なんか、不穏！
シャケ じゃあ、ベッカオとか？
ベッカム ベッカオ？
シャケ ベッドの、ベ！下の、カ！斧男の、オ！それで、ベッカオ！
瞳 ……いや、下はシになりません？
シャケ 音読みすれば、カです！
ベッカム ベッカオ……それだったら、ベッカムが良いですね
シャケ ベッカム！元イングランド代表のサッカー選手！フリーキックの名手！
ベッカム ベッドの、ベ。下を音読みして、カ。ムサい男で、ム。続けて、ベッカム
シャケ 自虐だ！自虐！
瞳 自由人かよ。どういう思考回路すればそういう着地になるの？
ベッカム 他に案はありますか？
瞳 ……いや、私からは……
シャケ じゃあ、決まり！
ベッカム では改めまして。ベッカムです
シャケ シャケです
瞳 ……よろしくお願いします……
ベッカム あー、それともう一人、ご紹介しますね
瞳 待て待て待て！キャパオーバー！もう、私のキャパシティは一杯一杯だよ！
シャケ 呼んじゃう？
ベッカム 後で出くわして、叫ばれるよりは
瞳 待て！ベッカム、待て！私はもう限界！というか、え、まだ何かいるのかよ！
ベッカム はい、います
瞳 歩の危機意識とか以前にセキュリティ会社仕事してるのか？ザル過ぎるだろ……怠慢じゃないか？不審者居過ぎだよ……
ベッカム じゃあ、呼びますね
瞳 ちょーっと待って！ホント、お願いだから！
ベッカム ……では、後日、呼びます？
瞳 ……会わないと、駄目？
ベッカム 駄目というか、私たちとこうして話してしまっているので、きっと 、寂しがるんじゃないかと
シャケ あー、そういうとこ、あるよね！
瞳 何？寂しがる？知らないよ！今まで、スルーされていたんだから、スルーされろよ！
ベッカム それを言ったら、私たちもスルーしてくれないと……
瞳 できないよ！クローゼットに人が居るのはスルーできないよ！玄関前に知らない人が立っているのをスルーとか、どんだけ鈍いんだよ ！無理だよ！
ベッカム では、どうします？
シャケ どうします？
瞳 どう、どうしますって……
ベッカム じゃあ、呼びますね？
瞳 無理無理無理！待って、待て！
ベッカム じゃあ、呼びません？後日ご紹介にします？
瞳 後日……もう、会うのは確定なのね……えー、どうしよう……
シャケ 呼びますね（観葉植物のコンコンとノックする）
瞳 まだ、考えてるでしょうが！ま、待て！
シャケ え、もう呼んじゃったよ？
瞳 早い！もう！もう！って、え、来るの？もう？え？
フジヤマ （玄関から入ってくる）失礼しまーす
瞳 玄関から！知らない人が！入ってきた！カギ、閉めてたのに！
フジヤマ あ、合鍵、作っているので
瞳 何で合鍵を作っちゃうのさ！
フジヤマ え、カギないと入れないじゃないですか？
瞳 入らなくて良いんだよ！お前の家じゃないでしょうが！
フジヤマ まあ、僕の家ではないですけど。時々、メンテナンスはしたいですし
瞳 何のだよ！不審者がメンテナンスするものなんて、この部屋には… …
フジヤマ いや、盗聴器の
瞳 盗聴器！？盗聴器？！！
シャケ ここにあるよ？（観葉植物のコンコンとノックする）
瞳 ここにあるよじゃないよ！シャケ！ここにあるよじゃ！普通に犯罪 だよ！
フジヤマ いえ、盗聴自体は罪に問われませんよ？ただ傍受するだけなら
瞳 プライバシーの侵害でしょうが！というか、部屋に無断で入ってきている時点で犯罪だよ！何開き直ってるんだよ！
ベッカム 私たちに言わせれば、穂積さんや瞳さんより先に我々がいたので、無断に入ってきたのはそちらになるんですけどね？
瞳 屁理屈こくな！ベッカム！そっちが不審者と認めている時点で、その理屈は通らないんだよ！
シャケ 盗聴さんの名前はどうしましょうか？
瞳 話を勝手に進めるな！シャケ！
ベッカム ふむ、何て呼ぶか、重要ですね
瞳 ベッカム！お前も乗っかるな！私を慮れ！
フジヤマ 私の盗聴技術は日本一です
瞳 急に何の自慢だよ！盗聴に一番もクソもないだろ！
フジヤマ 綺麗な音源の取り方とか知ってますよ？
瞳 その技術を世の中のために使え！盗聴するな！
シャケ あ！「とうちょう」と言えば、山を登る「登頂」！日本一の「登頂 」と言えば、富士山（ふじさん）！
ベッカム 良いですね、富士山（ふじさん）さん
フジヤマ それなら、フジヤマの方が、それっぽい名前になりません？
ベッカム 採用
シャケ 採用
瞳 お前ら、話を聞けぇ！
フジヤマ えっと、私はフジヤマです。どうぞよろしくお願いします
瞳 だから、もう、私は限界だっつってんだろぉ！
ベッカム まあまあ、これで、全員です、多分
瞳 多分？は、多分？！止めて止めて止めて、もう無理、受け入れられない……
シャケ まあまあ、他に不審者はいないよ、一応
瞳 だから何だ、その匂わせは！そんな不審者がホイホイいてたまるか っ！
フジヤマ まあまあ、お腹空きません？ご飯にしませんか？
瞳 何人様の家で寛ごうとしているんだ！フジヤマ！
ベッカム あ、「フジヤマ」って呼んだ
シャケ 実はまだ余裕がある？
フジヤマ あー……！ジーンと来ますね、名前を呼ばれると
ベッカム、シャケ 分かる
瞳 余裕など！ないわ！……（溜息）疲れた……
ベッカム ご飯にしましょう
シャケ そうしましょう、何食べます？
フジヤマ あ、ご一緒しても？
ベッカム 良いですよ
瞳 この部屋の家主、私……あー、もう、良い、もう（溜息）
シャケ （冷蔵庫を見て）そうですね、チンジャオロースーにしましょう
ベッカム、フジヤマ チンジャオロースー！
シャケ お米を焚いて♪おわんについで♪
フジヤマ つぐ？よそうでは？
ベッカム それは、聞かない、お約束
フジヤマ ああ、失礼……
瞳 あー、これからどうなっちゃんだろう……
瞳、天を仰ぎ見る。
ベッカム、シャケ、フジヤマ、キッチン周りでガヤガヤ踊り出す。
