ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

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寝た。

よく寝た。

とてもよく寝た。

清々しい気持ちで起きれるくらい、とてもよく寝た。

雛鳥が巣から旅立ち、真っ直ぐ空の彼方へ飛んで行くのを見届けている時のような、清々しい気持ちで起きれるくらい、とてもよく寝た。

カーテンの隙間から差し込む天使の微笑みのような光の中、雛鳥が旅立ち、真っ直ぐ空の彼方へ飛んで行くのを見届けている時のような、清々しい気持ちで起きれるくらい、とてもよく寝た。

 

つまり。

寝た。

それだけ。

 

投稿します。

189

1度書き上げて、読み直した。

居心地が悪く感じた。

だから、全部消した。

 

「これは私の言いたいことなのか?」と感じてしまうと駄目だ。

何も感じていないのに、あたかも、「私は分かってます」と言いたげな文章を書いてしまうと、気持ち悪さが目立つ。

皮膚の表面をナメクジが這うような、気持ち悪さ。

反省、踏み込みが甘かった。

 

次回は、しっかり踏み込んでから、書くように努める。

内面の追求特化のブログだから、むしろ、私にとっては当たり前のことを宣言しただけだが。

いや、私にとって当たり前のことを蔑ろにしたから、1度書き上げた文章を消すことになったのだ。

猛省、自身の言葉に振り回されて情けない。

 

ここまで書いて読んでみる。

…先ほどよりは、良い。

ナメクジからカタツムリになった。

背中の殻があるだけ、幾分か和らぐのは、何故なのか?

結句、言葉に振り回されてはいるが、振り回されている自覚があるかどうかの差、かもしれない。

 

夜が更ける。

世が移ろう。

手元に幾つか余った言葉は、ポケットに仕舞った。

 

投稿します。

何者かに成るには、途方もない情熱が必要。

何者かに成ることを取っ掛かりに考える。

 

何者かになるには、何かに時間を費やさなければならない。

その「何か」は人によって千差万別だろうが、人生の核に当たる部分と解釈してほしい。

 

何かのプロフェッショナルになるには、1万時間を費やせば良いらしい。

1日は24時間、1000日で24000時間、500日で12000時間。

感覚で言えば、1年ちょっとだ。

 

1日の内、20時間くらい情熱を注げば、1年と135日でプロフェッショナルだ。

寝る間を削って、食事や排泄を惜しんで、20時間ひたすらに取り組み続けられるなら、何も成さない方がおかしい。

プロフェッショナルというより、狂人の類いかもしれないが。

 

当ブログは日によってまちまちだが、書くのに10分を費やしている。

時間に換算すると、約0.167時間。

面倒だから、0.15時間だとして。

1日で0.15時間、10日で1.5時間、100000日で15000時間。

見辛い、書き直すと、10万日で1万5千時間。

 

1年は閏年を除いて、365日。

10年で3650日、100年で36500日、300 年で109500日。

10分間、毎日情熱を注げば、300年後にはプロフェッショナルになる算段だ。

300年後、生きていない。

 

成る程、毎日歯磨きをしていても、歯磨きのプロフェッショナルにはならない訳だ。

それこそ、20時間を1年通して歯を磨いたら、プロフェッショナルに成れるかもしれないが、その前に歯が磨耗して磨く歯がなくなる予感がする。

10分では、何者にも成れない。

 

今の職場で10時間は働いている。

1年と135日の倍、2年と270日でプロフェッショナル入りだ。

「どんな仕事でも3年は勤めた方が良い」と言われているのは、日に10時間働くことを前提にしているのだろうか?

10時間、働いても、3年か。

現時点でも大変だが、後2年は働かなければ、何者にも成れていないことに。

 

寝ることで高校時代から日に10時間以上寝ているから、寝ることに関してはプロフェッショナルと言える。

むしろ、もっと寝たい、飽くなき探究心がくすぶる。

何者かに成れたかは、知らない。

 

逆に考えるならば。

10年で何かしらのプロフェッショナルになるとするならば。

10年は3650日、3650日で10000時間、365日で1000時間、73日で200時間、7.3日で20時間。

1週間の内、合算20時間以上で10年。

とすれば、毎日4時間か?意外と時間が取られるな…

20年なら毎日2時間、40年なら毎日1時間。

私は50歳には、ひとかどの人物に成りたいが、20年ペースで考えても、毎日2時間か…途方もない。

何者かになるにも、やはり、労力がいるようだ。

 

以て、戯れ言を多数書いたが、

あえて言い切る。

 

何者かに成るには、途方もない情熱が必要。

 

分かりきった結論だが、考えるに、まとめてみた。

もしかしたら、目から鱗の人もいるかもしれない。

とかく、毎日、可能な限り、人生の核に情熱を注がなくてはならない。

 

と、頑張らない怠け者は、絵空事のように呟くのだ。

 

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職場の休憩スペースに設置されている自動販売機に「大納言しるこ」が入っていた。

ヘビーおしるこユーザーである私としては、早速、小銭を投入する。

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大納言小豆のしっかりとしながらも優しい甘さと、程よい温かさが、身体に沁み渡る。

休憩時間の度に飲んで、今日は3缶、飲み干した。

小銭の出費は痛いが、ヘビーおしるこユーザーとしては、寒い季節を乗り切るのに必需品だ。

 

それにしても、「ヘビーおしるこユーザー」の語感の良さよ。

「鉄筋コンクリート」とも肩を並べられるのではないだろうか?

他に「ヘビーおしるこユーザー」を使う人はいないだろうから、オリジナルの造語になる。

 

日本人は、4拍子を心地良く感じる、と記事を読んだことがある。

農耕民族の日本人は、田畑での作業が左右に揺れながら行うので、『1・2・1・2』と、単調なリズムを好ましく感じるようになっている、とのこと。

短歌の『5・7・5・7・7』はタメの間を含めてリズムを数えると、『8・8・8・8・8』と見事に4拍子のリズムになる、とも書いてあった。

 

成る程、つまり、良い語感を狙おうとすれば、4文字を基本に作れば良い。

確かに、アニメのタイトルは4文字が多い気がする。

人の名前も4文字が多いのは、リズム感がそうしたものなのかもしれない。

 

因みに、西欧は3拍子が心地よいらしい。

確かに西欧の名前は3文字、若しくは3の係数が多い気がする。

西欧の風を入れたかったら、3文字で構成すれば良いのだろうか?

 

「ヘビーおしるこユーザー」の語感、何度か声に出してみて気付く。

「ヘビー」の言い方が、「ヘビィー」であることに。

つまり、私は無意識に、4拍子で考えていた訳だ。

 

しかし、普通は、「ヘビー」は3文字で、他の人には語感が良いとは感じていないかもしれない。

いや、3文字でも、「おしるこ」、「ユーザー」で拍が入るから、リズムは出る。

なら、語感が良い、と言っても、良いのではないか?

いや、その拍も、私が勝手に区切って読んでいるからであって、言い方次第だ。

 

何だか、自信がなくなってきた。

会社に向かう途中、玄関の鍵を閉めた記憶がなく、きちんと閉めたか考え込んでしまうような、自信のなくなり方。

または、テストでほぼすべての空欄を埋め、会心の出来と鼻歌を歌っていたら、誰かが回答欄を一つづつずらして書いていたと小耳に挟み、そういえば、最初の方の答えを書いていないことに気付いて、血の気が引くような、自信のなくなり方。

 

語感、良いと感じるのだが、違うかもしれない。

脳は鈍くなり、心はぽっかり空いた穴に隙間風が吹きすさぶ。

糖分と、温かさが欲しい。

つまり、おしるこが必要だ。

 

語感が良いかどうかは別にして、おしるこが美味しいので良しとする。

ヘビーおしるこユーザー、大納言小豆の僕なり。

 

投稿します。

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文庫版「資本論」を開く。

最初の2ページで、頭のブレーカーが落ちる。

日本語訳なので、日本語で書かれているはずだが、別の言語を読んでいるようで、理解が追い付かない。

 

普段は漫画一辺倒で、たまにライトノベルを読み、もっと希に小説や分かりやすい解説本を読んでいる。

つまり、表面をなぞる程度の、羽より軽い本しか手に取ってない。

これほど難解な本は、初めて読む。

流石は不朽の名著、2ページで己の底の浅さを思い知らされた。

 

とかく、読み進めてみる。

知識の奔流に、ただ流されながら。

 

投稿します。