ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

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昨日は割と書いたから、今日はあまり書かなくても良いかな?

何事もバランスだ。

と、書かない理由を探す。

 

根っこが怠け者は私は、仕事もできればサボりたい。

仕事の隙間時間は休みたくなる。

周りに人が居るから踏み止まれるけど。

 

その癖、無精者だから、生活も適当だ。

ピリッとしないといけないのだろうけど。

そこは仕事で賄っているとしておく、4割くらい。

 

息をするのも面倒だ。

心臓が怠け者じゃなくて、良かったと言うべきか?

休まれたら、救急搬送されて迷惑かけることになる。

 

嗚呼、面倒だ、面倒過ぎる。

誰か私の分を働いて、私を怠けさせてはくれないだろうか?

そんな悠長な度量を持ち合わせた人間などいないか…

 

何事もバランスだ。

そう、働く私に働くことを無理繰り納得させる。

 

投稿します。

マナーが悪いとそっと盗み撮るより、「マナーが悪い」と伝えた方が良い。

写真掲載の在り方を取っ掛かりに考えます。

 

とあるコミュニティで、電車内で女性が立て膝で座る写真を掲載されていました。

投稿者曰く、マナーが悪いので撮影した、とありました。

しかし、写真を見るに、電車内はほぼ人がいない状態ですし、写真の彼女は靴を脱いでいました。

電車内でこうした座り方をするおじさんもいるので、私は気にならなかったのですが、「振る舞いとして美しくない」と言っている方もいて、そうなのかと感じた次第です。

ただ、写真は顔を隠し、一応の配慮は見受けられますが、それでもマナーが悪いと言って撮影して良いのかな?と考えました。

 

私が疑問に感じるのは、写真の彼女がこの投稿を承知しているのか?という点です。
何故なら、いくら掲示板で非難しても、彼女には何一つ届かないから。

ただただ、不毛ではないのか?と考えるからです。

 

例えば、彼女が投稿を予め承知しているとしたら、彼女の言い分もあるはずです。
「人が空いているから良いじゃない?」、「勝手に写真を載せないで」など、彼女の言葉で反論があって良いはずです。
付け加えて、意外な返答があるかもしれません。
「持病があり、この座り方が身体の負担が少ない」、「これがマナー違反だったなんて知りませんでした」など。

 

また、彼女がこの投稿を見ているとしたら、多くの大人が、「こうした方が良い」と諭すこともできます。
そうすれば、彼女はもしかしたら電車の中での振る舞いを変えるかもしれません。

 

しかし、投稿されたコミュニティに写真の彼女はいません。
そして、彼女が知らない所で彼女は誹謗中傷されてしまいます。
そのことに対して、彼女は何の反論も言い訳も許されず、一方的に非難されます。
それは、果たしてフェアなのでしょうか?

 

彼女が「ご自由にどうぞ?」と言ったとしたら、とやかく言うことではありません。
しかし、もし彼女が承知していないのであれば、投稿された写真は一体誰のための投稿なのか?

 

顔を隠すという、一定の配慮は分かりますが、写真掲載には相手の了承が不可欠ではないかな?と考えます。

 

写真を掲載した目的が誹謗中傷ではなかったと投稿主さんは言っていますが、写真を掲載した時点で、その言い分はまかり通らないのではないでしょうか?
投稿主さんが写真を掲載した理由は、投稿主さんが不快に感じて、この座り方は多くの人が同じように不快に感じ、共感してくれるだろうと考えたからではないでしょうか。

 

誹謗中傷を目的としていないのであれば、写真の削除をした方が良いと考えます。
何故なら、これからも写真を見て、不快に感じる人が現れて、誹謗中傷の言葉を書く可能性があるから。

 

写真を削除しないのであれば、誹謗中傷する人の片棒を写真掲載した投稿主さんも負うということです。
片棒を担いでいることを自負した上で、この写真を掲載するに至った経緯と目的は明示すべきです。

写真を掲載してはいけない、ということではなく、写真を掲載することで起きる責任の在り方を示せるかどうか?だと私は考えます。

 

と結構な分量になったので、名前を伏せて、私の意見のみを記事化してみました。

一応、私の意見としては。

あえて、言い切る。

 

マナーが悪いとそっと盗み撮るより、「マナーが悪い」と伝えた方が良い。

 

あくまで、個人の意見です。

コミュニティ内での、「振る舞いとして美しくない」も分かります。

ただ、写真の彼女を行いを正そうと考えるならば、その場で一言言うしかないでしょう。

恐らく、眉をひそめて終わりな気がしますけど。

とりあえず、私も座る時は気を付けようとは考えました。

 

勝手ながら、皆さんも立ち振る舞いにはご用心してください。

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最近、めっきり気力がない。

ブログの記事を書く時間はそれなりにあるけど、気付けば一日が終わりそうになる。

2、3時間は書こうとすれば、書ける時間を確保できるはずだけど…

 

この状態の私だと、いつもだったら放置してしまうのだろうなと。

SNSでも何でも、気付いたら数ヶ月経過とかよくある事象だ。

それで、気が向いたら復帰して…を繰り返すことになる。

 

継続する、と決めて記事を書いている私としては、この何時放置してもおかしくない状態で書くこと自体、新鮮だ。

新境地と言っても良いだろう。

気力はないのに、記事は書く。

ここまで来ると最早、義務のような強制があるような気もしなくもない。

 

アフェリエイトで広告収入がある訳でもなく、PV20程度の弱小ブログであるにも関わらず、一体何がそこまで駆り立てるのか不可思議に感じる方もいるだろう。

お金じゃないのですよ…承認されたいともちょっと違うと言うか…

ただただ、継続することが目的であることに、意味があるなんて言われても困るだろう。

 

気力がない、ただ気力がない。

それでも、書くのは、誰が為か?

吾の為以外に、理由などない。

 

投稿します。

85

だらだらと汗が流れるままに、私は寝転がっていた。

休日の一日をこうして浪費するのが、何よりも好きだ。

これぞ、休日だと感じながら、たまにインターネットを覗く。

 

すると今日、長野市でナナシの0が行われるとの情報を見つける。

【告知】 名もなきオープンマイク0(ぜろ) VOL.116 : 詩人/朗読家GOKU ことばのさきに、こえでこぎだす。

f:id:uenokoeda:20170720201958j:image

 

あー…行くか?と思い付く。

私の行動原理は、気持ちがワッと盛り上がって、カッとなって、ずるずると動く。

そう、思い立ったが吉日。

 

つまり、今日は吉日だ。

 

投稿します。

84

本日2017年7月19日は、土用である。

曜日は火曜なのに、土用とはややこしい。

火曜日には、夕方の歌謡番組と紐付けできるが、土用では歌謡番組に童謡でもなければどの様に考えれば良いか分からない。

斯様に動揺するだけなので、火曜日は土用というより、19日が土用と言い換えることが肝要だ。

 

さて、本日は土用、と言われても、「土用」が何の日か実は知らない。

何となく、「鰻の日かな?」と勘繰りながら、調べてみた。

すると、土用は四立、即ち立春立夏、立秋、立冬の前の約18日間のことのよう。

つまり今日は、立秋の前の18日間の初日ということだ。

鰻は関係ない。

 

何て言うことだ、もう秋が来ているのか。

7月、8月は夏のつもりなのに、秋とはこれまたややこしい。

夏の暑さに飽き飽きしているが、まだ夏を懐かしむにはちと早い。

夏を楽しむのを諦めたくないし、扇風機を手懐けたい。

秋の出番の空きは、明らかにないかな?と考えてしまう。

 

本日は火曜日だが土用で、まだ夏だけど秋の入り口で、鰻は関係ない。

相当ややこしい、頭がはち切れそうだ。

やはり、簡略化すべきだろう。

 

本日2017年7月19日は、土用だ。

もう、これだけで良い。

何なら、鰻も食べても良い、個人の自由だ。

 

投稿します。