母が漢字ナンクロを黙々とやっていた。
カボチャの煮付けを頬張りながら、横から覗いた。
知らない熟語が縦横無尽にあった。
「間作林」……高木を伐採したのち、苗木が生長するまで、その株の間に農作物を栽培する林野。
「風流人」……風流の趣味を解する人。粋な人。
「白山一花」……ハクサンイチゲ、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草、本州中部以北の高山に自生し、高さ約20cm。全体に粗い毛がある。葉は手のひら状の複葉。夏、茎の先に白い花びら状の萼(がく)を持つ花を数個開く。
山深い長野県に住んでいて、間作林なる方法さえ知らなかった。
風流人はどこかで聞いたことがあるが、母は聞き慣れない言葉だったようだ。
白山一花なる花の名前まで網羅されて、漢字ナンクロの奥深さにただ感嘆の溜息が漏れる。
しげしげと眺めていたら、「非人間的」というワードが出た。
母は枠にそのワードを書き入れながら、「「非人間的」とは、お前のことだ」と言ってきた。
失礼な人だ、私のどこが人間らしいというのだ、その通りだ。
続けて母は漢字ナンクロの「不心得」、「不発」のワードを指して、「非人間的」と同じように私を揶揄してきた。
誰が心得てないというのだ、本当のことを言えば人は怒るのだぞ?
立身出世はしないだろうし、理非曲直も曖昧模糊している、全くその通りだ。
ぷんぷん怒りながら、5個目のカボチャの煮付けを頬張った。
ほろりと崩れる柔らかい食感と、甘塩っぱい味付けが口に広がった。
はて、何に怒っていたのだろうか、すっかり忘れてしまった。
程よく腹が満たされたので、離席した。
知らない言葉を首から引っ提げて、いそいそと。
非人間的で不心得な私は、今日も不発するだろう。