ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

休日は誰かの労働の上で成り立っている。

肩たたき券を取っ掛かりに考えます。

 

父の日だとか母の日だとかに感謝の気持ちを込めて贈られる肩たたき券。

物としては特殊ですけど、存在感は半端ない気がします。

 

肩たたき券、皆さんは作ったことあります?

私はないです。親不孝者です。

小さい頃は頼まれたらやったりやらなかったりでしたね。

一時期は父を背中に乗って両腕を持ち上げて、エビ固めのように背中を反らせて遊んでました。

後日談的に父は腰を痛めていたようです。親不孝ですね。

最近は全く肩など叩いておりません。親不孝ですよ。

 

そういえば、ナンバークロスワードパズルだと例題でよく使われるんですよね、「肩たたき」。

ナンバークロスワードパズルって白マスに数字が振ってあって、各数字事に文字が割り当てられているんですけど。

「肩たたき」だと例えば「12223」になるんですよ。

「肩たたき券」なら「1222345」になる訳です。特徴的でヒントに成り易いです。

実家に帰ると母親の買ってきたナンクロ雑誌の問題を勝手に解いてます。親不孝です。

 

肩たたき券を作るのって、これを出せば肩を叩きますよ、て意味ですけど。

お小遣いをいらないよ?と言うサービス券的な位置付けなんですかね?

肩をもめばお小遣いが貰えるご家庭だから、肩たたき券の効力があるような…

それとも、単純に感謝を伝えるのに出来ることが肩たたきしか思い付かなかった、ですかね?

…まあ、それぞれのご家庭によって違うか。うん。

 

さて、ここら辺で。

あえて、言い切る。

 

休日は誰かの労働の上で成り立っている。

 

確か推理小説なんですけど、とある青年のところに冬の夜中に謎の電報が届けられて一体何の目的で電報を打たれているのか?というのがありまして。

オチを言えば、電報を届ける配達人を困らせる為に冬の寒い時間帯に電報を送っているのでは?が答えでした。

ネタバレ?まあ、これでタイトルが解ったら凄いです。私が忘れてますけど。

そこは良いんです。要は何かがあることには誰かがいることが大事なんです。

 

例えば、休日に遊園地に行きたい!となったとします。

でも、その遊園地を運営している人たちが労働しているから遊園地を楽しめるんです。

遊園地に向かうまでの道のりで自動車ならガソリンスタンドがないと困ります。電車なら鉄道会社が運休していると途方に暮れます。

ファミリーレストランにアルバイトさんが来てくれるから、食事が頂けるのです。

その仕事に行く人たちはコンビニエンスストアーやスーパーの弁当でお腹を満たし。

遊園地の電力、水道はインフラ系の会社があるからアトラクションが滞りなく動くのです。

遊園地に行く、それだけで多くの人が関わっています。

 

休日は家で寝ている?それだって、多くの人が関わってます。

今住んでいる家を昔大工さんが施行し。

布団や枕を作る工場が稼働し。

寝ている間に警察がパトロールしてある程度の安全を保障し。

ただ、寝るだけでも他人が関わってます。

誰の持ち山じゃない山で葉っぱをかき集めてベッドを作って寝る…となるとそれまでに自分が労働しなくちゃいけません。

 

ただ休むにもその休みを支える労働があり、そのお陰で休みを楽しめる訳です。

まあ、当然のことなんですけどね。

肩たたきだって子供が「労働」した結果ですからね。親はそれでほぐされる訳ですし。

 

まあ、私が両親に出来ることは何もないんですけどね!はい、親不孝!

あと、休日は休日で楽しむべきですしね。他人など知らぬ!

えっと、こういう考え方もあるってだけですから。悪しからず。