ドアノッカーを取っ掛かりに考えます。
玄関の出入り口の扉に付いている、ドアをノックする建具である、ドアノッカー。
ライオンのデザインが主流ではないだろうか?
借家の玄関も、多分に漏れず、ライオンだった。
当ブログを始めた当初は、身の周りの物から考え付いたことをせっせと書いていた。
原点回帰、とは違う、単にネタに困ったから身の周りの物に手を付けただけだ。
強いて言えば、ライオンと目が合ったから、今回はドアノッカーについてだ。
使ったことのある方はいるだろうか?
圧倒的多数で、インターフォンでピンポーン、と鳴らす方ではないか?
わざわざ、あの輪っかを持ち上げて使う人は少数だ。
クラスの2、3人は「佐藤」と「鈴木」くらい、圧倒的多数と、「一口」と書いて「いもあらい」と読むくらい少数の、歴然とした差がある。
輪っかを持ち上げると、結構、重厚な感触がある。
手を離すとドアに向かっていき、ドッと、これもまた中々に低い音を出す。
来訪者を報せる、ドッと鳴る低い音は、インターフォンにはない趣がある。
ドアノッカーを装飾だと勘違いしている方もいるのではないか?
私も、ドアを叩く建具であることは、大分歳を取ってから知った。
あの厳めしいライオンの顔が玄関らしい風格を醸し出しているようにも感じる。
ただ、この建具は、ほぼ使われることはない。
もし、取り外しても、差して問題もない。
だが、あえて言い切る。
錆び付いても獅子、その威厳、斯くあるべし。
風雪に耐え、幾早々、身体は錆び付き、たてがみはくすんだ、獅子。
然れど、眼光尚鋭く、来訪する者に威厳を示す。
何時か、己の役目を果たすために。
ドアをノックすることが、ドアノッカーの役目ならば。
私の役目は一体、何なんだろうか?
社会の中で、取るに足らない存在の私と、ドアノッカーの在り方を勝手に重ね合わせる。
私も自身に課せられたであろう役目を全うしたい。
ドアノッカーを見て、そんなことを考えた。