水浅葱色の雲が波打つように丹念に空を覆い、その雲にうっすらと朱色の日の光が入る朝。
仕事から帰って一息吐いていた所に、インターホンが鳴った。
返事をして出てみると、母が愛犬を連れて立っている。
「散歩に行って欲しい」と言う母、母の困惑した声に何事かと首を傾げる私。
話を聞くと、母の片足、義足の膝がおかしなことになったそうだ。
散歩に出かけるにもこれでは元気な愛犬を連れては歩けない、と。
それなら仕方ない、とさっと着替えてリードを貰う。
愛犬は母が実家に戻るのを私と交互に見て不思議そうにしていた。
普段は母が散歩に出かけるから、愛犬にとっては不可解な展開だろう。
さりとて、私と散歩をしたことが今までもあった仲だ。
私が一声かけると歩き始めた。
世の一般が「涼しい」と言う時の外は、私には寒いくらいなのだが、今朝方は私にとって実に過ごしやすい涼しさであった。
時折、一粒の雨が私の肌に降った。
空は私に寒いと言わせたいみたいであったが、愛犬のはつらつとした歩きに引っ張られている私に、寒いとは何なのか忘れさせた。
誰もいない歩道では、走ってみた。
愛犬はまるで矢の如し、ぐんぐんと前へ前へと走る。
私も身体も浮くような推進力で瞬く間に歩道の終わりまで走りきってしまった。
成る程、この有り余るエネルギーは義足の壊れた母ではさぞ困ることだろう。
などと息を整えながら再び歩き始めた。
ぐるっと1周して、実家に寄ると、急に立ち止まる愛犬。
顔を見ると「もう終わりなの?」と言いた気な悲哀に満ちていた。
それでも私がちょいとリードを引っ張ると、観念したのかとてとてと従う。
母にリードを渡して、借家に戻る。
空は変わらず水浅葱色の雲で、とても気持ちの良い朝であった。
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