劇の始まりと、世界観の説明。
・始まり-バス横転-
金田錦にスポットライト。
金田は座っている。
金田の後ろに玄野翔、望月紫苑、山緑永久、黄戸正道、稲葉朱理、左近寺勝がいる。
金田「ああ、いつもの夢か」
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉、左近寺、無表情で立っている。誰も喋らない。
バスが発車する音。
バスに揺られる、6人。
金田は前を見据えている。
バスのアナウンス「次は北森2丁目、北森2丁目でございます。お降りの方は、バスが完全に止まってから席をお立ちください。お忘れ物なきようご注意ください」
金田「このバスは横転する」
バスのアナウンス「次は南公園前、南公園前___」
金田「左折したときに、道路脇にあったマネキンが倒れた」
バスのアナウンス「次は市立図書館前、市立図書館前___」
金田「マネキンを避けようとハンドルを切ったが、タイヤが縁石にぶつかる」
バスのアナウンス「次は東名大学病院、東名大学病院___」
金田「慌てた運転手は誤ってアクセルを踏んでしまった」
金田「暴走したバスは勢いそのままに歩道に乗り上げ、そのまま___」
ガン、という音。
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉、左近寺、プールに飛び込んだ時のように、急に身体が沈む。
タイヤが加速する音。
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉、左近寺、沈んだ身体が水面に向かって浮かぶように、ゆっくりと身体が上へと向かう。
ドゴン、という音。
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉、左近寺、風に舞う木葉のように、バスの中でしっちゃかに動く。
ガッシャーン、と言う音。
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉、左近寺、横たわる。
下手から姫恋白が登場する。
姫恋、何かを言っているが、上手く聞き取れない。
姫恋「私は、姫恋白___」
金田「お前は誰なんだよ?」
金田「バスの中にはいなかったろ?」
金田「お前は、何を知っているんだよ?」
姫恋「___私を、見付けて」
姫恋、退場する。
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉は立ち上がる。
左近寺も退場する。
金田「疲れた、本当に疲れた」
玄野、望月、山緑、黄戸、稲葉が金田の周りを囲む。
5人の顔は暗くてよく見えない。
黄戸「同じ夢見過ぎじゃね?」
玄野「ああ!またすぐる君に話しかけられなかったッス!」
山緑「どなたぁ?」
望月「姫恋白よ」
稲葉「…私にできることはありますか?」
金田「だまれっ!」(怒り)
5人は静かになり、上手側へ。
金田「どうすれば、この夢は終わるんだ?」
金田「誰か、俺を、助けてくれ…」
・プロローグ
舞台全体が明るくなる。
舞台は病院の診察室。
ノックの音、返事を待たずに時雨が顔を出す。
時雨「金田先生」
金田、時雨を見る。
時雨「今日はあと2人です」
金田「ああ…呼んで」
時雨、扉を閉めて待合室の鈴木夕を呼ぶ。
時雨、扉を閉めて待合室の鈴木夕を呼ぶ。
扉が開く、鈴木が入る。
鈴木「失礼します」
金田、笑う。
金田「鈴木さん、ありましたか?」
鈴木「先生、ええ、ええ、ありました。物置の奥に」
鈴木、アルバムを出し、めくる
鈴木「…これが、母です」
金田「…優しそうな人ですね」
鈴木「そうですね、ええ、優しい人でした」
金田「見付かって良かった」
鈴木「ええ、ええ、これで仏壇に写真を添えられます」
鈴木、アルバムを仕舞う。
鈴木「それにしても先生?」
金田「何ですか?」
鈴木「どうして、母の生家の場所が分かったのですか?先生に言われるまで、私はすっかり忘れていましたのに、先生はピタッと言い当てましたよね?」
金田「…あなたの記憶を診たんですよ」
鈴木「私の記憶を?」
金田「はい、鈴木さんの記憶を」
鈴木「…ふふふ、先生、人の記憶は見れませんよ?」
金田、笑う。
鈴木「…先生は、不思議な方ですね」
鈴木、居住まいを正す。
鈴木「先生。このアルバムが見付かって、色々と思い出しました。ええ、色々と…先生の言葉がなかったら、親不孝者のまんまでした」
金田「私は何も」
鈴木「いいえ、先生のお陰です。本当に、ありがとうございました」(鈴木、一礼する)
金田「止してください。礼を言われるほどのことではありません」
鈴木「本当に、ありがとうございました」
金田「分かりましたから…鈴木さん、済みませんが、他の患者さんが待っていますので、この辺で」
鈴木「ああ、はい、分かりました」
金田「お大事に」
鈴木「ええ、ええ、失礼しました」
鈴木、会釈して退場する。
時雨が入れ替わりに入ってくる。
金田「次の方、呼んで」
時雨「はい、先生」
時雨が退出する。
少しして、どたどたと歩く音。
銀「(勢い良く扉を開く)よおう、元気か?」
金田「…何だ、銀か」
銀「おいおいおい、連れないね~、せっかく会いに来てやったっつーのによぉ」
金田「時雨さん」
時雨「はい、先生」
金田「あと2人って言ったよね?」
時雨「ですから、この人で終わりです」
金田「こういうことなら、鈴木さんの話をもっと聞いてあげれば良かった」
銀「何だい何だい?時雨ちゃん、俺を病人扱いしたってのかい?それは心外だなぁ」
時雨「銀先生のセクハラは立派な病気ですよ」
銀「ひどい!おいら、泣いちゃうよ!」
時雨「どうぞ。先生、何かありましたらお呼び下さい」
金田「はい」
時雨、退出する。
銀、時雨を目で追う。
銀「………ヒップ85は固いな…」
金田「銀?」
銀「んん?おおっと、何だい、そんなにらんでぇ」
金田「元からこういう目つきだ」
銀「いやあ!今、明らかにヒットマンが標的(ひょうてき)を見付けたって目ぇしてたぞ!」
金田「誰がヒットマンだ。俺は医者だ」
銀「俺も医者だ」
金田「そうだったかな?」
銀「お前まで?これでもちゃんと働いてるでござんすよ?」
金田「なら、セクハラを控えるんだな」
銀「それとこれとは話は別。第一に、時雨ちゃんへのあれはコミュニケーションですわ」
金田「物は言い様だな…銀」
銀「んん?」
金田「お前に相談がある」
銀「お、7年来の親友にご相談とな?」
金田「このことは、この病院では、時雨さんしか知らない」
銀「え、重い話?」
金田「…まあ、そうとも?」
銀「なんでぇ、なんでぇ、聞かせてもらおうじゃない」
金田「…俺は、モザイク・シンドロームという病気を持っている」
銀「モザイク・シンドローム?ちぃーと、聞いたことがない病気だな…どういう病気よ?」
金田「…端的(たんてき)に言えば、他人の記憶をコピーする病気だ」
銀「何て?」
金田「他人の、記憶を、コピーする、病気だ」
銀「……どゆこと?」
金田「言ったまんまの意味だ」
銀「記憶をコピー?イメージが湧かないんだけど?」
金田「相手の記憶を、自分の記憶にしちまうんだよ」
金田「何らかの刺激があれば、それで他人の記憶をコピーしちまうんだ」
銀「…例えば、タンスに小指をぶつけた拍子(ひょうし)とか?」
金田「ああ、頭の中にいろんな記憶が押し寄せて来るんだ。うるさくてしょうがない」
銀「あー、そう言われれば…分かるような…?やっぱ分からんな。それで?」
金田「俺の頭の中には、5人の人間がいる」
銀「ん?人間?記憶じゃなくて?」
金田「モザイク・シンドロームの記憶保持は一時的なものだが、まれに、記憶をコピーしたままになることがある。大きな衝撃があった時に、な」
銀「…あ、10年前のバス事故か?」
金田「そう、そのバスに5人の人間が乗り合わせていた」
金田「そして、その5人の人間は少し、いや、かなり特殊でな」
銀「特殊?」
金田の後ろに玄野翔、望月紫苑、山緑永久、黄戸正道、稲葉朱理が立つ。
玄野「玄野翔!時間飛行症候群!正義のヒーローにして、タイムトラベラーッス!」
望月「望月紫苑。ビーナス病よ。フェロモンの病気…相手を一種の催眠状態にして、望むモノが手に入るわ」
山緑「山緑永久だよ。失顔症だよ。人の顔は覚えられないけどぉ、物探しなら得意だよぉ」
黄戸「黄戸正道、一枚舌病。ウソがどうしてもつけない病気だが、相手のウソも見抜ける」
稲葉「稲葉朱理、孤独持病。独りになると死ぬ、そんな怖い病気です。だけど、独りにならないために、近くにいる人間を見付ける、一種のテレパスが使えます」
銀「待て待て待て。ついてけん!何だ、中二病でも発病したか?」
金田「だが、事実だ」
玄野「そうだ、事実だ」
望月「金田の妄想にしないで欲しいわね」
山緑「んー、どなた?」
黄戸「銀だよ、エロ医者の」
稲葉「皆、静かに、錦さんが怒りそうだよ」
銀「…あー、分かった。お前は疲れてるんだよ」
金田「…疲れてない」
銀「じゃあ、最近休んだのいつよ?」
金田「1ヶ月…いや、もっと前か?」
銀「んだー!お前には休みがぱーぺき必要だ!」
金田「必要ない。俺は働いていた方が気が紛れる。」
銀「いやいや、休もうぜ?おいらと一緒にさ?」
金田「疲れていない」
銀「じゃあ、一個でもお前の言っていたことを証明できるの?できないっしょ?」
金田「そうだな…なら、銀、お前の記憶を診るぞ」
銀「んあ?」
金田「幽霊の能力を使う」
銀「さらっと言ってますけど、意味分かりませんよ?」
金田、指を鳴らす。
金田「望月、補完しろ」
望月、登場する。
望月、銀の肩に手を置く。
金田「お前の今日の昼飯は…」
望月「にしん蕎麦」
金田「…にしん蕎麦を食べたろ?」
銀「………食べたけど?」
望月、銀から離れて金田に耳打ちする。
金田「…大学病院の向かいの蕎麦屋、そこでお前は店員の女の子を口説いて、あえなく撃沈している」
銀「いや、まあ、口説いたけど…見てたの?」
金田「お前の記憶だよ、それを診た」
銀「ええ…そんなの口から出任せ…」
望月、金田に耳打ち、その後、銀を侮蔑した視線を送る。
金田「早乙女さん」
銀「んん!?」
金田「お前が口説いた女の子、早乙女百合子に似ていたんだろ?それで思わず声をかけた」
銀「どうして、それを…」
金田「早乙女とは、中学2年から高校3年まで付き合ったが別れた。別れた理由は、お前の浮気。浮気相手は…団地の人妻か?」
銀「はいはいはいはいっ!わかった、もういいっ!よぉくわかりましたっ!っはああ…んんっ。でも、お前のそれは、あれだ、コピーした人格の何たらの証明で?お前が元気かどうかの証明じゃないっ!」
金田「それこそ見れば分かるだろう?」
銀「じゃじゃーん!ここに行こうず!」(紙を出す)
金田「…は?」
銀「神秘の島、金魚島!テレビで話題沸騰(わだいふっとう)、金魚伝説の再来か!とかやってんだろー?」
金田「テレビは見ていない」
銀「いや聞いて聞いて?この金魚伝説の巫女さんがすっげえきゃわいいんだよー!もう、ぎゃんかわ!」
金田「それが目的か、一人で行け」
銀「そのぎゃんかわ巫女さんに会いに行くのよ、上からのお達しで」
金田「…上から?東名大学病院の?
銀「そ!」
金田「お偉方がたかだか巫女に何の用だよ」
銀「このぎゃんかわ巫女さんは万病を治すんだってさ」
金田「あいつらが神さまを信じているようには思えんがな」
銀「それがな、なんと血なんだってよ」
金田「血?…人の血液か?」
銀「そそ。それでさー、この巫女さんがさー、花の17才!ヤバくね?」
金田「そこは良い。血の話をもう少し…」
銀「この可愛さを至近距離で拝めるんだぜ?姫恋白っていうんだけど、もう天使じゃね?俺の運命の人じゃね?」
金田「人の話を…何?」
銀「だから、巫女さんが俺の運命の人だから、挙式は神前になるのかなって」
金田「そこじゃない。巫女の名前だ」
銀「お、お?興味持った?姫恋白だ。ひ・め・こ・い・し・ろ」
金田「…姫恋……」
銀「変わった名前だよなー。ま、この島で代々巫女さんしている家系らしいからさ。この島の独特の苗字なんかねぇ?」
銀「とにかくさ!俺の運命の人だからさ、バッチシ印象に残したい訳よ!お前、どうせ暇だろ?俺の横で「こいつ良い奴なんですよ」ってよいしょしてくれよ!な!だからお前も行こうぜ!な!」
金田、沈黙。
銀「頼むよー錦さーん!俺を助けると思ってさー!」
金田「…はあ…分かったよ。行こうか、金魚島」
銀「そうこなくっちゃ!じゃあ、船の席を取っとくな!あ、あんま悩み過ぎるなよ!禿げるぞ!」
銀、どたどたと退出する。
金田「時雨さん」
ノックの音、返事を待たずに時雨が顔を出す。
時雨「はい、何でしょうか?」
金田「ああ…」
時雨「…疲れてますね。コーヒーでも飲みます?」(扉とは反対側、奥の方へ行く)
金田「…いや、良い。時雨さん」
時雨「はい?」
金田「出かけてくる」
時雨「どちらに?」(ピタッと止まる)
金田「ああ…ちょっと」
時雨「では、外出届を」(金田に近くまで来る)
金田、書き殴る。
稲葉「何故、外出届けを書かせるのでしょうね?」
金田、止まる。
望月「そうね、別に書かなくたって良いでしょ?金魚島は大学病院側の意向(いこう)なんだから」
山緑「にしきさんが金魚島に行くって知らないのではぁ?」
黄戸「…別に今回が初めてじゃないけど、そういや何でだろうな?」
玄野「そういうルールなんじゃないッスか?」
稲葉「でも、私、銀さんや他のお医者さんが「外出届」を書いている所、見たことないんですよね…何故、錦さんだけ…」
時雨「…先生?」
金田「…少し待ってくれ」(指を鳴らす)
金田「黄戸、聞け」
黄戸「はいはい、聞きますよ?」
金田「何故、時雨さんに行き先を言わなければならないのですか?」
時雨「ここは個人の病院ではないのです。勝手に休まれると困ります」
黄戸「嘘、別に金田が働かなくても困らない」
金田「私が居なくても困りませんよね?」
時雨「どこに行かれるのですか?」
金田「…金魚島、という場所に行きます」
時雨「金魚島?遠出ですか?」
金田「そんなに遠くはないですよ」
黄戸「嘘、めっちゃ遠いじゃん」
金田「黙れ」(小声で)
時雨「?…外出届を書いてください」
黄土「嘘、書かなくて良い」
時雨「先生?」
金田「…あー書きます」
金田、続きを書き殴る。
時雨「では、私はこれを提出してきます。本日の診療は終わりです。それでは私はこれで」(金田が書いた書類を持って出て行く)
金田「はい、お疲れ様でした」
金田「黄戸。俺は、医者か?」
黄戸、そっぽを向く。
玄野「そう、にしきんは医者ッス!」
稲葉「白衣が似合っているもんね」
玄野「確かにっ!」
稲葉「でしょう!」
黄戸「お前らの中の医者って白衣なの?つーか、俺を呼び出す度に同じこと聞くなよ、たりぃんだよ」
玄野「まさ、俺は何だ?」
黄戸「ヒーローだろ?」
玄野「正解ッス!流石マイダディ!」
山緑「お父さん?そうなんだぁ」
稲葉「バディーかな?正道くんは翔くんと仲良いよね。良いなー」
黄戸「裏表ないから話してて楽なんだよ」
玄野「お前もダディだろ!」
稲葉「私もバディ?やったー!」
玄野「俺らは最強だぁああ!」
玄野、稲葉、はしゃぎながら退場。
黄戸「ホント、あいつらガキだよな…気は済んだか?」
金田「…ああ、帰って良いぞ」
黄戸、山鳥、望月、退場。
金田、立ち上がり、扉を開ける。
金田「そう…俺は医者だ。医者なんだ…」
金田、退場。