中盤終わり。
5、(回想終わり)皮剥の館。
照明、背景薄暗い黄色。
音響、床や壁が軋む音。
小夜、雨羅、下手から上手側手前へ。
仁科、下手から上手寄り舞台中央へ。
ノエル、仁科から遅れて、下手から下手寄り舞台中央へ。
小夜、目を閉じてじっとする。
ノエル「(小夜を見ながら)……何をしているのですか?」
雨羅「ん?ああ、タミコが近くに居ないか探ってるんだよ」
ノエル「え、小夜さん、幽霊が、視えるんですか?」
雨羅「視えるらしいぞ?本人が言うには、煙の塊があるようなもんだって言ってたな」
ノエル「そうなんですね……」
小夜「(目を開ける)近くにはいないようね。この館って広いのかしら?」
雨羅「まあ、結構奥行きはある感じはするよな……?」
小夜「東京ドームでいうと何個分かしら?」
雨羅「知らないよ、東京ドームの大きさとかふんわりし過ぎて分からんよ」
小夜「ナゴヤドームでも良いわ」
雨羅「知らないよ、ナゴヤドームとかもっと分かんないって」
小夜「甲子園球場だと?」
雨羅「分からんって。つーかその野球ドームの拘りは何だよ」
小夜「ホームランボールをキャッチしてみたい」
雨羅「それは分かるけど」
小夜「綺麗なビアガールからビールを買って、屋台でモツ煮込みを買って、食べたい」
雨羅「それも分かるけど」
小夜「試合後のキャラクターショーにヤジを飛ばしたい」
雨羅「それは分からん。つーか野球観戦の欲求強過ぎだろ?」
小夜「私の夢よ」
雨羅「それはまた、ささやかな夢だことで」
小夜「待っててね、両国国技館!」
雨羅「両国国技館は相撲じゃね?」
小夜「え、そうなの?」
雨羅「素かよ、両国国技館は相撲だろ?」
小夜「そそそそんなの、分からないじゃない!やややや野球だって、やややるわよっ!」
雨羅「めっちゃ動揺してるじゃん」
小夜「(咳払い)……話が脱線したわ」
雨羅「はぐらかした」
小夜「(強く咳払い)私たちが警戒(けいかい)しなければならないのが、タミコとブタと九十九一」
雨羅「そうだな、タミコと、ブタと、九十九一だな」
小夜「現状、一番厄介なのが、タミコ。何時出て来て、何処から現れるのか、全く分からない」
雨羅「今んところ、呻き声で聞こえてくるのが先なもんだから、逃げ果せて(にげおおせて)いるな」
小夜「何故、私たちはタミコから逃げ果せられている?」
雨羅「何故、あたしたちがタミコから逃げ果せられている?」
小夜「……館自体を軋ませる程の力を持った霊が、館に来たばかりの私たちを捕まえられない?」
雨羅「……そも、タミコが恨んでいるのは館の主である九十九一だ。何故、九十九一は取り殺されていない?」
小夜「仮定1、タミコの行動には法則がある」
雨羅「有り得るな。タミコの行動に法則があるなら、九十九一が呪い殺されていない説明ができる」
小夜「仮定2、タミコによって私たちは追い込まれている」
雨羅「その場合、悠長(ゆうちょう)に構えていられねーな」
小夜「仮定3、タミコは何者かに妨害されている」
雨羅「何者か?何だよ、それ」
小夜「時折感じるのよ、タミコの禍々しい霊気とは違う、別の気配が」
雨羅「それって……もしかして?」
小夜「サツキ、かもね?」
ノエル「サツキ……って誰ですか?」
小夜「こちらの話よ、気にしなくて良いわ」
ノエル「……そうですか」
小夜「仮定4、仮定1、2、3のすべてが複合的に絡んでいる」
雨羅「嫌だね、小夜の仮定通りだとしたら、あたしたちは最初から不利なゲームに参加させられていることになるじゃないか」
小夜「あら、仮定3の何者かがタミコの妨害をしている、は私たちの有利な要素にならない?」
雨羅「その何者かが妨害している理由が、あたしたちをタミコよりも先に殺すことかもしれないじゃないか」
小夜「フフッ、それは恐ろしいわね。そうしたら警戒リストに「何者かA」も加えないとね」
雨羅「それで、小夜。どうする?」
小夜「ここまで来たら、華麗(かれい)に踊るだけよ、タミコの手の平の上でね?」
雨羅「……クッフフ……成る程、陽気(ようき)にタップを踏むだけか、九十九一の思惑通りに?」
小夜「ええそうよ雨羅、楽しくなってきたわ」
雨羅「ああそうだな小夜、楽しくなってきたな」
小夜、雨羅、くるくると踊り出す、愉快そうに。
仁科「何、楽しそうに、踊っているんだよっ!」
小夜、雨羅、踊るのを止める。
仁科「お、俺たち、殺されそうになったんだぞっ!あの変態にっ!どうして、そんな楽しそうに踊れるんだよっ!俺は、もう、嫌だ!俺は、もう、もうあんたらには付き合い切れない!」
仁科、上手側に歩き出して立ち止まり、ノエルに向かって振り返る。
仁科「……どうした?行くぞ?」
ノエル「……何処へ?ゲームはまだ続いているよ?」
仁科「お前、まだ、そんなこと言ってるのか!?どう考えたって、マトモじゃないだろっ!」
ノエル「ゲームだよ、これは」
仁科「……良いから、こっちへ行こう……」
ノエル「……ねえ、あの時、何を言おうとしたの?」
仁科「…………あの時?」
ノエル「あの変態に私が殺されそうになった時、順平、「死にたくない」って」
仁科「……そんなこと、言っていたか?」
ノエル「言ってたよ。それで、何を言おうとしてたの?」
仁科「……なあ、その話、この館から出てからにしないか?な?」
ノエル「「殺すなら」……ねえ、何を、誰の名前を言おうとしたの?」
仁科「ノエル、止めようぜ、な?」
ノエル「ゲーム、続けるよね?」
仁科「……それは、(嫌だ。俺は帰りたい)」
ノエル「(仁科の言葉に被せて)続けるよね?」
仁科「…………わ、分かった。続けよう」
ノエル「そう」
雨羅「話は終わったか?」
ノエル「はいっ!それで、これからどう動く感じですか?」
雨羅「どう動くかってさ、小夜?」
小夜「九十九一はタミコから逃げる手段を持っていて、タミコが私たちを追い込んでいるのなら、最も効率的な方法は、真っ直ぐ行き止まりに向かうことよ」
雨羅「タミコの手の平の上、九十九一の思惑通りに踊るのさ」
仁科「はあ?!それじゃあ、俺たちが助からねーじゃねーか!」
小夜「そうとは限らない。タミコが追っているのは九十九一、その九十九一を捕まえてタミコに差し出せば、一件落着よ?」
仁科「あのキチガイを差し出せば、タミコが俺らを追って来ないっ?そんなの分かんねーだろ!」
雨羅「そうだな、九十九一を差し出しても、タミコはもう怨霊と化してるからな、普通に追い込んでくるかもな」
小夜「フフフッ、そうかもね?でも、仁科さん、九十九一が逃げる手段、つまりタミコが知らない館の経路(けいろ)が見付ければ、逃げれるじゃない?」
仁科「それは、どうやって見付けるんだよっ!あいつしか知らないんだろ!」
小夜「そんなにカッカしないで?大きい声を出すと、ブタに見つかっちゃうわよ?」
雨羅「クッフフフ……鼻息荒いブタが嗅ぎつけちまうな」
小夜「ええ、耳をぴくぴくさせてブタが聞きつけちゃうわ」
雨羅「そいつは怖い、鼻の穴にこのナイフを突き刺して、息の根を止めなくちゃ」
小夜「本当に怖いわ、耳から上をこの刀で切り落として、静かにさせなくちゃ」
雨羅「あー、吐き気催す真っ赤の血の匂いを早く吸い込みたい」
小夜「嗚呼、身の毛も弥立つ(よだつ)吹き出す血の音を早く聞きたい」
小夜、雨羅「早く、早く、早く!」
ノエル「あー、どんなクライマックスになるか、楽しみだな……」
小夜、雨羅、ノエル、輪になって踊り出す、愉快そうに。
仁科、輪の外で呆然と見る。
音響、館が大きく軋む音、続いて、女の声が響く。
小夜「ほうら、おいでになすった」
雨羅「ああ、おいでなすった、おいでなすった」
ノエル「フフ、おいでなすった、おいでなすった」
市ヶ谷、下手から下手側前へ、手にはチェンソー。
市ヶ谷「(チェンソーのエンジンを動かしながら)ヒヒヒヒッ、タ、タミコの前にお、おでがお前らを殺すよ?」
小夜「あらあら?こっちからはブタが来たわ」
雨羅「おやおや?前門の虎(とら)、後門(こうもん)の狼(おおかみ)ってか?」
ノエル「困っちゃいましたね」
仁科、後ずさりながら、上手側へ。
仁科「……冷静になれ、幽霊なんているはずないんだ。館が揺れたりするのは重機か何かで館自体を動かしてるとか……うめき声は何かのBGMとかSEとか……け、気配みたいのは、気のせい、山の上だから、きっと空気が冷えて、それで……」
仁科、上手へハケようとして止まる。
仁科「……だから、これは、気のせいなんだっ!」
音響、女のうめき声、一層大きく。
仁科「……!ぐぅ!い、いた、痛いっ!いたっ……ガハッ…………あ、あ、あああああああああああ!」(崩れ落ち、仰向けに倒れる)
ノエル「……順平?」
ノエル、上手側の仁科に近くへ行き、観客席に背を向けて座り込む。
小夜「あら、じゅんじゅん、タミコに捕まっちゃった?」
雨羅「おい、じゅんじゅんは嫌っつってたじゃん」
小夜「え、まだダメ?いつから「じゅんじゅん」解禁なの?」
雨羅「仁科さん本人が呼んでいーよって言うまでだよ」
小夜「だから、それはいつなのよ?今でしょ?」
雨羅「ちげーよコミュ症、お前のタイミングじゃねーよ」
小夜「だから!私は!コミュ症じゃ!なーーーいっ!」
雨羅「いい加減、「コミュ症」って認めちまった方が楽だぞ?」
小夜「認めないっ!私を拒絶(きょぜつ)する世界なんか、認めてーやーるーもーんかー!」
雨羅「ボケるのは忘れない。コメディアンの鏡だな」
小夜「コメディアンって何よ、コメディアンって」
雨羅「え、だって今の、完全にコメディじゃん?ほら、仁科さんの絶叫と相まって笑う所しかねーぞ?」
小夜「あー、言われてみれば?……フフッ、コメディって言えば、今からブタの解体ショーが始まるわよ?」(日本刀の柄をそっと撫でる)
雨羅「アハッハッハ!そいつは愉快(ゆかい)だな!ブタの鳴き声も合わさって、大爆笑間違いなしだ!」
市ヶ谷「な、な、鳴くのは、お前らだぁ!」
市ヶ谷、チェンソーを振り被る。
小夜、抜刀の構え。
照明、全体暗め、小夜にスポット。
音響、無音。
小夜「開闢一閃(かいびゃくいっせん)」
音響、「ちりん」と鈴の音。
照明、背景薄暗い黄色。
音響、床や壁が軋む音。
市ヶ谷、咄嗟に身を竦める(すくめる)
市ヶ谷「……?な、何だ?」
小夜「新月二元一刀流(しんげつにげんいっとうりゅう)、「開闢一閃」。決まったかしら?」
市ヶ谷「は?しんげつにげん?かいびゃく?……ちゅ、中二病か?し、深夜アニメの、み、見過ぎか?」
小夜「ち、違うわよ!誰が「マジカル☆ラビコ!」のブルーレイ特装版(とくそうばん)まで網羅(もうら)しているっていうのよ!」
雨羅「お前だよ、「マジカル☆ラビコ!」オタクはお前だよ」
小夜「しまった!墓穴を掘った……!」
市ヶ谷「……デュフフフ、じ、自分がヒーローにでもなったつもりか?」
小夜「あー、どちらかと言えば、ディランね。正義の味方はご免被りたい(ごめんこうむりたい)わ」
雨羅「そうだな。ところでブタ、腹ぁ、大丈夫か?」
市ヶ谷「あ?」
市ヶ谷、身体から血が吹き出す。
市ヶ谷「!!ブヒィ!??」
雨羅「相変わらず、見事なお手前で」
小夜「私の「開闢一閃」から逃れられる術(すべ)はなし」
雨羅「まあ、でも、「開闢一閃」とか、中二だよな、実際」
小夜「それは私に言わないでよ。師匠のセンスなんだから」
雨羅「「マジカル☆ラビコ」のブルーレイ特装版も持っている?」
小夜「次いでに、アニメーションの原画に幻のお宝までぎっしりよ?」
雨羅「へえ」
市ヶ谷「ヒ、ヒィ!」
市ヶ谷、下手へどたどたとハケる。
雨羅「ハハハ、ブタが逃げるぜ?」
小夜「フフフ、そうね、追いましょ?ノエール、行くわよ……ノエール?」
ノエル「……あ、はい」
小夜「行くわよ」
ノエル「……先、行っててください。後で、追いかけます」
雨羅「……だとさ」
小夜「じゃあ、行ってるわね?……あ、結婚式には呼んで頂戴ね?最高のスピーチをしてあげる」
ノエル「……フフッ、はい、お願いします」
小夜「……行くわよ、雨羅」
雨羅「はいよ。じゃあな、ノエル、仁科さん」
ノエル「はい、また……」
小夜、雨羅、下手へハケる。
ノエル「……二人っきりだね、順平……」
仁科、声にならない声を出す。
裏方、仁科の引っ張って、上手側へハケさす。
ノエル、仁科と共に上手へハケる。
⑤(回想)皮剥の館
照明、全体を青く、白いスポット照明を舞台中央。
九十九、上手から舞台中央へ、白いスポットライトより前へ。
照明、全体を真っ赤に。
巡文皐月N「嫌……来ないで……来ないで……嫌、嫌、来ないでっ!……許して、許してください……何でもしますっ!何でもしますから!お願い、お願いしますっ!止めて、止めてヤメテヤメテ、嫌あああああ!痛い痛い痛い痛いぃいいい!ああああああああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!もう逃げません、逃げな、あああああああああっ!痛、痛いいいいい!ああああああああ!ああああ……う、うああ……ひっ……ひっ……ううう……」
九十九「嗚呼、可愛いサツキ、私のサツキ!もっとその顔を私に見せておくれ!あー、可愛いよ、可愛いよサツキ!もっと、さえずってくれ!もっとだ、もっと!!……クックックッ、アハハ、アハハハハハ!!!……さて、今日はここまでにしておこう。あー、この服も買い替えねば」
皐月N「お願い……お願いよ……ワタシを殺して……」
九十九「……まだ壊せるな……ふむ、明日は鉄の靴でも使ってみようかね?サツキのダンスが見たいね。それはそれは赤く、熱い、鉄の靴でね?」
皐月N「う、ううう……」
九十九「(疲れたような溜息)さあ、夕食にでもしようかね?」
音響、館が軋む音。
九十九「?何だ、地震か?」
音響、女性の呻き声。
九十九「サツキか?今日のはそんなに痛かったかい?少し針金を差し込んだだけじゃないか?大げさだよ、全く……」
サツキ「ワ、ワタシじゃない!ワタシじゃない!」
九十九「うむ?しかし、他に女はいないよ?サツキ以外に、一体誰が……」
九十九、上手に目をこらして見る。
九十九「……タミコ……タミコ。タミコかっ!タミコなのだねっ!」
サツキN「ヒッ」
九十九「なんて美しい顔なんだ!タミコ、ああ、タミコ!私のタミコ!」
サツキN「に、逃げなきゃ、でも、逃げたら、あ、あ、でも、でも……」
音響、女性の絶叫。
サツキN「ぎゃあ!」
照明、白いスポットを消す。
九十九「おっと、クックック……お痛が過ぎるぞ?ほおら、私はこっちだ!タミコ!」
九十九、その場で翻って舞台奥へ。
照明、全体を青く。
九十九、再び翻って舞台前へ。
照明、舞台中央に白いスポット。
音響、サツキの荒い息。
九十九「ああ、なんて愛おしいんだタミコ!そんなに私のことを愛してくれていたんだね?化けて出てくれるほどに私を愛してくれていたんだね?ああ、ああ!タミコ!なんていじらしい奴なんだ!なんて可愛い奴なんだ!ああ、タミコ!私のタミコ!君は私の救いだよ!ああ、タミコ!愛しのタミコ!……あー、サツキ、居たのか……サツキ。今までありがとう。楽しかったよ。(ポケットから拳銃を取り出す)では、さようなら」
音響、銃声、人が倒れる音。
照明、白いスポットが消え、全体を赤く。
九十九「……さ、忙しくなるぞ!そうだな、まずは本家の人間をこの館に招待してみよう!クックック、きっと度肝を抜くぞ!それから、離れの使用人たちを全員この館に住まわせよう!さあ、誰が生き残るのかな?今から胸が躍るよ!(指を鳴らす)そうだ!フミにこのことを教えよう!「サツキがタミコに殺された」とでも書けば、血相変えて帰ってくるかもしれない!そうしたら、見物だぞ!忙しくなるぞ!忙しくなるぞ!ああ、神様、ありがとうございます!私は待ち望んでいました、退屈を殺すこの瞬間を!ああ、神様!私の神様!今までの苦しみが報われました!ありがとうございます!ありがとうございます!さ、忙しくなるぞ!忙しくなるぞ!!」
※歌5(九十九)
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ハレルヤ、ハレルヤ!
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ!
たたかいは終わり!主(しゅ)は死に勝たれた!
主をほめたたえよ!ハレルヤ!
主は敵を破り!死は今、滅びた(ほろびた)!
高らか(たからか)に歌え!ハレルヤ!
永遠のいのち!
われらにくださる主を宣べ伝え(のべつたえ)よ!ハレルヤ!
すべての栄えは!よみがえりの主に!
よろこびたたえよ!ハレルヤ!
ハレルヤ、ハレルヤ!
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ!
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九十九、高笑いを響かせる。