ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

【佐久が好き過ぎる男】(没ネタコント台本)

没ネタになったコント台本があるが、勿体ないお化けが私の周りを彷徨く。

退散願うために、がっつり掲載してしまうことにする。

供養になるかは分からないが、一応、成仏はするだろう。

 

タイトルは「佐久が好き過ぎる男」だが、評判を下げているだけな気もしなくもない。

佐久が好きな人には、申し訳ない気持ちで一杯だ。

佐久は本当に良い所ですよ?

 

次いでに、カテゴリーも「素人が小説家気取り」に分類する。

いや、一応、物語と言えなくもないかな、と。

詰まらないことには変わりはないが、気持ち振り分けておく。

 

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【あなたが眠るまで。】終わり

7.そして、日は昇りゆく

 

目を覚ましたら、僕は暗い場所にいた。 

どうやら寝てしまっていたらしい。

上体を起こし、軽く目を揉んだ。

そして、身体を伸ばして、考えた。

はて、何時僕は寝たのだろう?

僕は高木神社で早弁をしている。

昼食の時間は購買で焼きそばパンかカツサンドを買って友人たちと取り留めのない会話に入るために毎朝ここで食べている。

今日も朝からここで弁当を広げて…そこから今までの記憶がない。

横に弁当箱が置かれている。

未だ食べかけだ。

食べかけと言うことは…食事中に寝てしまった?

そんなことがあるだろうか?

しかし現に弁当箱の半分ほどない。

からあげも2つになっている。

そう言えば、僕はからあげを食べただろうか?

眠る前のことが思い出せない。

余程疲れていたのか?

いや、昨日は夜更かしをしていないし、体育で運動をしていない。

勉強もそこそこだ。

疲れるようなことはないもしていない。

首を傾げていると後ろでカサッと何かが落ちる音がした。

僕は音のした方へ目を向けようとした。

うにゃあ

と、猫の鳴き声がした。

良く知っている猫の鳴き声だ。

腰元へ目をやると何時の間にやら黒い光沢の美しい猫が居た。

この黒猫は僕が毎朝ここで食べていると僕の前でよく毛繕いをしている。

偶に弁当の中身を上げることもある。

首輪をしていないから野良かもしれないが、毛並みの美しさを鑑みるに飼い猫かもしれない。

それでもよく見かけるこの黒猫を僕は勝手にクロと名付けて呼んでいる。

「クロ、おはよう」

うにゃあ

クロが返事をした。

話しかけるときちんと返事をする。

猫にしては大変生真面目な性格をしている。

クロは僕の手の甲に自身の頭を擦り付けてくる。

僕はそっとクロの頭を撫でた。

つやつやの毛並みを僕は堪能した。

そう言えば、今日はめざしが入っていた。

弁当を中身を改めて見るとやはり丸々一匹めざしが入っている。

僕にとってのメインはからあげだ。

めざしはそれはそれでとても美味しいけど、特にこれといった思い入れはない。

僕はめざしを一匹行儀悪く手で摘むと、クロの足下に置いた。

「クロ、お裾分け」

うにゃあ

クロははぐはぐと食べ始めた。

その様子を眺めていて、遠くで予鈴の音が聞こえてハッとした。

しまった、のんびりし過ぎた。

今からだと…一限目にはまだ間に合う!

僕は急いで弁当箱を仕舞い、変に行儀良く置かれた鞄を見付け、その鞄の中へ入れた。

そのまま走って自転車に跨がり、挽回しようとペダルに足をかけた。

うにゃあ

クロが遠くで鳴いている。

僕はクロに手を挙げた。

「クロ、またな!」

うにゃあ

僕はクロの返事を聞くとペダルを力強く踏み、学校へと向かった。

 

黒猫は青年を見送った。

十字路を曲がった所までじっと。

見えなくなってから、黒猫は歩き出した。

青年が振り向こうとした音の先へ。

そこには握り潰された、煙草の箱が落ちていた。

その煙草の箱には血のような焦げ跡が点々ある。

黒猫は、その煙草の箱をくわえると再び青年が消えた方向を見た。

雲がゆっくりと過ぎ去っていく。

黒猫はスッと立ち上がると、境内の外へと歩き出した。

そうして、住宅の垣根へとするりと入っていった。

境内にはもう、誰もいない。

 

がやあー、がやあー

 

何処か遠くで、何かが鳴く声だけを残して。

 

《了》

 

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【あなたが眠るまで。】その12

弁当箱の中身は半分ほど食べていた。

からあげは最後に食べようとしていた3つとも入っていた。

減ってなく、増えてもなく、整然と3つ、弁当箱に収まっていた。

僕はカケルに弁当箱を差し出すとカケルはひょいっとからあげを1つつまみ上げると、そのまま一口で頬張った。

カケルが咀嚼する様子を僕は無言で見ていた。

カケルには大きかったのか、頬が膨らんだり凹んだり何度も繰り返していた。

目は軽く細められて、からあげをしっかりと味わってる。

そして、こくんと飲み込むと、満足そうに息を吐いた。

「ふー、おいしかった!ありがと、お兄ちゃん」

カケルはニコッと笑った。

そうしてミカヅキに向かって手を出した。

ミカヅキはカケルの手を数秒見つめるとスッと顔を上げた。

「私に何を求めるの?」

ミカヅキは小声でカケルはニタリと笑った。

「そうだなー?お兄ちゃんと遊ぶのをジャマされたしぃ?何してもらおうかなー?」

首を可愛らしく傾げているが、細く細く絞られた両目の隙間から、ねばつく空気を纏わせてミカヅキを見ていた。

「…この異空間で人間は長くは居られないわ」

ミカヅキは優しく、けれど子どもを叱る調子で言った。

言外にカケルも承知していることであるかのようだ。

しかし、カケルはそっぽを向いて両手を頭の後ろに組んだ。

「僕、分かんないなー」

そう言って口笛を吹く真似をする。

尖らせた口からはヒューヒューと気の抜けた音がした。

ミカヅキは軽くため息を吐くと、目を少し伏せた。

「……遊んであげる」

「本当!?」

ミカヅキが告げるとカケルはミカヅキ食い気味に反応した。

目は爛々と輝き、期待と共に目一杯息を吸い込んだ。

そうして、陶酔と共に吐いた。

ミカヅキはそんなカケルに人差し指を立てる。

「後でね」

「えーーー?!」

カケルは驚愕で目が見開き、今度は失望共に息を吸い込み、落胆と共に吐き出した。

「あーあ、がっかりだぁ」

カケルは首をガクンと落とし、腕をぶらりとさせて、身体全体でがっかりしていることを主張した。

けれど、直ぐに顔を上げるとにっこり笑っていた。

「なーんちゃって。冗談だよ。じゃあ、僕行くね」

そう言うな否やパッと後ろへ飛び退いた。

カケルとはこれで最後だ。

多分もう、会うことはない。

別れの前に僕は思わず声をかけた。

「何処に行くんだ?」

カケルは僕に目を向けると、これから悪戯をしに行く悪童のようにニヤリと笑った。

そうして指を上に差し、さらっと言った。

「神さまのとこ」

カケルはクスクス笑っている。

そうか、この異空間を作り出した超常な存在に会いに行くのか。

思えば、あの鳥居の先へ僕を連れて行こうとしたのも単純に僕と神さまと一緒に遊ぼうとしただけだったのだろう。

カケルはやはりカケルだった。

僕もくすりと笑った。

カケルは僕の顔を見て小さくうん、と頷くとそのまま駆け出した。

ミカヅキお姉ちゃん、また後でねー?お兄ちゃん、じゃーねー!」

元気に手を振りながら、笑いながら、カケルは木々の中へ飛び込み、暗闇に溶け込み、そうして見えなくなった。

 

静かだ。

あの朱い何かはもう居ない。

木の化け物も無邪気に笑うカケルも居ない。

葉の擦れる音さえもじっと息を潜めているかのような静けさ。

ただ、舞台上で一人スポットライトを当てられ、最早これ以上語ることがなくなった役者が何処を見るともなく佇むように僕はぽっかり空いた土の上に居た。

僕の隣にミカヅキが立った。

これで全てが終わった。

僕は彼女の顔を見た。

彼女の凛とした涼やかで美しい瞳に僕が写る。

 「ミカヅキ、ごめん。ありがとう」

ミカヅキの瞳孔が少し開き驚いた表情をした。

そして、顔を背けた。

「…十分だと言った」

「それでもだよ、僕が言いたかったんだ」

ミカヅキは顔を背けたままだ。

よく見ると乳白色の肌に赤みがさしたように見える。

まさか、照れているのだろうか?

僕は超越した『美しい』の具現のようなミカヅキがここに来て急に身近に感じられた。

自然と笑みがこぼれた。

ミカヅキはちらっと僕を見るとふう、と釣られたようにふっと笑った。

儚く、壊れてしまいそうなのに決して崩れることのない笑顔の少女としばらく笑い合った。

程なくして、ミカヅキは僕に手を差し伸ばした。

「…そろそろ帰りましょう」

僕は無言でミカヅキの手を取り応えた。

ミカヅキは小さく僕の手を引っ張り連れて来たのは、僕が横になっていた場所だ。

ミカヅキはその場所を指差した。

「ここに横になって」

僕は言われるままに横になった。

ミカヅキは横たえた僕の傍に座ると、僕の額にそっと手を添えた。

「…目を瞑って。目が覚めたら、戻っているから」

そう言いながら、添えた手を僕の両目を覆う。

途端、身体は水か抜け出すように段々と沈んでいくのに、意識はヘリウムガスの風船のように浮くような不思議な感覚がした。

………めざし

「え?」

僕は小さく聞こえた声に反射して声を出した。

めざし、と聞こえた気がする。

そして、その声は何処かで聞いた気がする。

そう、ここで聞いた泣きそうな声に似ているような…

「何でもないわ」

ミカヅキは僕にそう言った。

「何でもない」と言う言葉自体、何かを言ったことを打ち消す言葉だ。

僕はただ、「え?」としか言ってない。

それなのに、この返答ということは、ミカヅキが「めざし」と言ったのか?

何で…と僕が訝しく考えていた。

僕が口を開こうとすると僕の両目に添えられた手にグッと力が入った。

「何でもないわ」

二度目だ。

これ以上追求するなということだろう。

僕は右手を軽く上げて手を振った。

僕の両目はミカヅキの手で覆われているから、ミカヅキの表情は読めない。

ただ、ミカヅキの手が少し熱くなったような気がした。

案外、顔に出るタイプなのかもしれない。

ミカヅキは咳払いを一つすると、スーと深呼吸しているようであった。

僕も深く息を吸った。

鼻孔に木々の湿った匂いがかすめた。

そこへミカヅキの声が降ってきた。

「人の目よ四半時廻り、千木のむねの屋根の家へ両の手を上げよ」

周囲の音がどんどん小さくなり、先ほどよりもぐんぐんと上へ上へと意識が引っ張られているように感じた。

ジェットコースターに乗り込み、コンベアで運ばれていくような緊張と期待が入り交じっていく。

僕の右手に何かが握られた。

ミカヅキの手だろう。

それだけで僕は安堵した。

最後に、ミカヅキがこう言った。

「安心して。傍に居るわ。あなたが眠るまで」

そうして、海にたゆまう小舟の中で燦々と太陽の日差しを受けるように僕は長く息を吐き、眠りに着いた。

 

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【あなたが眠るまで。】その11

がやあー、がやあー

空で朱い何かが鳴いている。

空は暗い。

黒い空に朱い何かはクルクルと舞っている。

「…ねえ、あの朱いのは何かな?」

ソレは唐突に聞いてきた。

ミカヅキはハッとして僕の方へ振り向く。

ソレはケタケタ笑う。

「アレはね、『えんらえんら』って言うんだよ!」

途端、空が真っ赤に染まった。

木々がバチバチと鳴っている。

そこら中で白い煙が立ち込めている。

肌がひりつくように熱い。

燃えている、一瞬にして、炎の真っ只中になった。

僕は辺りを見渡した。

すぐ近くにいたはずのミカヅキがいない。

ソレは笑いながら僕に近付いてきた。

「あの朱いのはね、煙草の火。ここの神様の力の影響で具現化しちゃった奴」

ソレは喋り始めた。

得意げに僕の周りを跳ねながら。

「でね?名前ってね、大事なんだよ?その存在を固定させるからね」

「『えんらえんら』って言うのは、煙の妖怪なんだ。知ってた?煙草とご縁があるね?」

「そうそう、『えんらえんら』って地獄の業火って解釈もあるんだよ?ここは地獄かな?ねえ、どうだと思う?お兄ちゃん?」

ケタケタと笑うソレは、僕にこう言った。

「ねえ、お兄ちゃん、遊ぼう?」

僕の望みは既に答えた。

だけど、ソレの望みに対して僕は何も答えていない。

ソレにとってはその事が重大なことなのだろう。

鳥居でのことを思い出す。

朱い何かが空に表れた時、ミカヅキは「話す時間もなかった」と言っていた。

その時、ソレはどうしていた?

嫌そうな顔をしていなかったか?

ソレにとっても良くないことだったのでは?

木々で覆うこの場所が炎に包まれれば、ソレにとって遊ぶ場がなくなることになるのでは?

想像の域を出ない。

だけど、今ソレは楽しそうに僕の周りを回っている。

「…そんなに遊びたかったのか?」

僕は小さく聞いた。

ソレは聞こえなかったのか、はたまた聞こえているが無視をしているのか、跳ねるのを止めない。

表情は読めない。

だけど、僕は悲しくなった。

僕は『運がなかった』かもしれない。

でも、ソレも、カケルも『運がなかった』だけだ。

ただ、遊びたかっただけ。

ミカヅキもそう言っていたではないか。

それなのに、僕は自分のことばかり。

素直に遊んであげれば良かった。

今更、もう遅いのかもしれないけれど。

「…ごめんな、カケル。ごめんな…」

僕は目を閉じ、カケルに伝えた。

この炎の中では何れ僕は息倒れるだろう。

せめて懺悔の言葉を。

身勝手だけど、カケルに伝えたかった。

偽りだったけれども、それでも僕の弟であったのだから。

バチバチと木が爆ぜている。

チリチリと肌が痛い。

カケルの笑い声は、聞こえなかった。

「あーあ、そうじゃないんだけどなー」

カケルは詰まらなそうに呟いた。

僕は目を開くとカケルは下を向いていじけたように地面を蹴っていた。

「あーあ、もういいや…からあげ」

「え?」

僕は素っ頓狂な声で聞き返すと、カケルは僕に手をぐっと差し出した。

「からあげ。それで良いよ」

何が良いのだろう?

カケルはからあげが食べたいのだろうか?

何故からあげ?

それ以前に、僕の手元には弁当はない。

「あるじゃない、ほら、そこ」

カケルは指差す方を見ると、僕の弁当箱が現れた。

何故今まで気付かなかったのか?

僕は呆然として弁当箱を見ていた。

「取らないの?」

カケルに聞かれて、僕は我に返って、弁当箱へ歩み寄ろうとした。

と、その時、弁当箱の周りを火が取り囲んだ。

弁当箱の周りに燃えるような物はなかったハズなのに、円を描くように炎が地面から吹き出しているようだ。

僕は思わず後退った。

この炎の中に飛び込まなければならないのか?

「神様も意地悪だね…」

カケルはニタニタして言った。

どうやら、今のこの現象は神とやらの仕業らしい。

炎は益々勢いを増していく。

一体、どうしたら?

「…少し、熱い」

後ろから、聞き覚えのある声がした。

僕が振り返ると、ミカヅキが居た。

「やあ、ミカヅキお姉ちゃん。煤だらけで素敵だね」

さっきまで怨讐の敵に対するようだったのに、今やそれは嘘だったかのようにあっけらかんとカケルは言った。

ミカヅキは少し不機嫌そうに眉をひそめた。

眉をひそめたミカヅキと言うのが妙に珍しい物を見た気がした。

今日会ったばかりなのに、何故だかとても意外だった。

「…遊ばなくて良かったの?」

ミカヅキはカケルに尋ねた。

カケルは肩をすくめるとやれやれと言った。

「遊びたかったんだけどね、詰まらなくなったし。からあげ貰うから良いよ」

ミカヅキも肩をすくめるとスカートを軽くはたいた。

僕の横に来た。

僕はミカヅキに謝ろうとミカヅキの腕を掴んだ。

ミカヅキは『運のなかった』僕を助けようとしてくれている。

僕はずっとミカヅキの影に居て、ミカヅキに頼りきりだった。

だから、謝って、お礼が言いたかった。

ミカヅキ…僕は君に…」

だけど、ミカヅキは人差し指で僕の口を当てて、その先を言わせてくれなかった。

そして、首をゆっくりと振って言った。

「私は十分、あなたに助けられている」

そう言って、弁当箱へ向かった。

燃え盛る炎がミカヅキを襲う。

「流れる水よ、背肉の燃え立つ者を、小さくせよ」

ミカヅキがさっと右手を振ると、燃え盛る炎は消え去った。

ミカヅキはゆっくりと進み、弁当箱を持ち上げると、僕の元へ戻ってきた。

「…はい」

ミカヅキは呪文一つで僕が右往左往していたことを斯くも鮮やかに解決してみせた。

だけど、僕は弁当箱を見つめながらある考えに埋め尽くされていた。

僕がミカヅキを助けた?

何時?

何時僕はミカヅキを助けた?

何か見落としをした、ミカヅキに関する記憶を…僕は何を忘れた?

「からあげちょうだい、お兄ちゃん!」

弁当箱を見つめながら固まっている僕にカケルは元気よく話しかけてきた。

強引に思考を中断された僕はカケルの言葉をなぞる。

ああ、からあげ…からあげを、そうカケルにあげるのだった。

2階のボタンを押されたエレベーターのようにゆっくりと弁当箱のふたを開けた。

 

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【あなたが眠るまで。】その10

6.尚、闇は続く

 

「お兄ちゃーん」

遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。

カケルだ。

僕が弟だと思い込んでいた何かだ。

僕はぐっと息を飲む。

カケルは、ソレは未だ僕を兄と呼ぶ。

歯を食い縛らないと返事をしてしまいそうになる。

得体の知れない、ある種の妖怪のようなソレであることは分かっている。

分かっているが、先程まで幼い弟と信じていた僕は、弟ではないという事実を受け止め切れていない。

ソレと繋いでいた手の温もりを否定できない。

理性と感情が矛盾している、現実と解離した矛盾。

この空間そのものが現実と矛盾している。

あの木もあの空も朱い何かもミカヅキもカケルも、何もかもが現実ではない。

今までずっと感じていることだ。

しかし、すべては僕の網膜に映り、鼓膜を震えさせる。

鼻腔で冷たい空気を吸い込み、熱しられた空気を吐き出す。

最早、僕もこの異世界の一部であることも静かに脳の片隅で認めた。

「お兄ちゃーん、何処にいるのー?」

ソレが近付いて来ている。

ミカヅキを見ると陶器のように滑らかで青みがかった白い横顔は木々の奥をじっと睨んでいた。

やはり美しいな、と何度目かの場違いな思いを抱きながら、僕はミカヅキに尋ねた。

「これから、どうする?」

ミカヅキは一度僕をちらりと見て、視線を戻した。

「…ここが迷い人の入り口、人の世の境目、魔の力の終わり」

がざ、がざざ

…お兄ちゃーん…木々が擦れる音が強まってきた。

ミカヅキが僕の前に来た。

「つまり、別の場所に行けない」

がざ、がざざ

…何処にいるのー?

…先ほどより明瞭にこちらに来ているのが分かる。

「だから、立ち向かう」

がざ、がざざ…あ、そこにいたんだ…ミカヅキの視線の先へ僕は目を向けた。

木々の擦れた音の奥から、子どもの人影が見える。

「それに…」

がざざ、がざざざ

助けると約束した。

ミカヅキは多分そう言った。

最後の言葉は木々の擦れる音に紛れていたが、僕には、そう聞こえた。

木々の音が途切れた。

ゆっくりとこちらに来るソレは、急に明るい所に出たときのように目を細めた。

そして、僕の姿を認めると笑いながら言った。

「みいつけた」

その声は、その笑顔は無邪気だ。

とても無邪気だ、怖いくらいに。

ソレはケタケタと笑いながら近付いて来る。

「もう、お兄ちゃん。置いて行かないでよ?」

ミカヅキが一歩前へ進み出て、敢然とソレと対峙した。

そして、ミカヅキは僕にそっと告げた。

「…私の影の中へ」

僕はその言葉に聞いて、ミカヅキの影に身体を丸めて収まった。

ミカヅキの影は夜より尚深い黒で、灯りのない落とし穴のようだったが、影の外と隔絶しているようでもあって、その黒さが僕を幾許か安心させた。

僕はミカヅキの影は少しだけミカヅキの背からずれていて、僕からソレが見えた。

僕は可能な限り、身体を小さくして、ソレの視線から外れようとした。

ソレはすっと立ち止まると顔をしかめた。

街灯の下で羽虫の群れの前にしたような、嫌な者を見ているような顔だった。

「…またお前か。お前には用はないんだ」

声は、幼子なのにその声の質は冷たく、僕の背筋を凍らせた。

その声の冷たさにソレの正体が垣間見た気がした。

ミカヅキはソレに対してもう一歩前に進んだ。

ミカヅキは僕の返答の代理人だと言わんばかりに。

「…この人を返してあげて」 

ミカヅキは凛とした声でソレに応えた。

ソレは、ソレの顔が歪んだ。

般若の形相、と形容するのも憚れるほどに歪んでいた。

目や口の位置で顔と認識できるけれど、その位置に留まろうとし過ぎて歪になっているようにも見える。

そして、これは僕の目の錯覚であって欲しいのだが、空間も歪んでいる。

嗚呼、何て恐ろしいのだ。

ソレは幼子の振りさえ忘れている。

「お前は関係ナイ!」

ソレは怒りのままに叫んだ。

その叫びは大気を震わせるほどの大声と言う訳ではなかった。

しかし、腹の底でずしんと響くような声だった。

「オニイチャント、アソブンダ」

ソレは再び前へ進んだ。

キャンパスに無茶苦茶に塗りたくった油彩画の背景のように、ソレの周りの景色を混色させながら。

僕はミカヅキの影からその様子を見ていた。

ミカヅキが息を吸い込んだ音が聞こえた。

「苗を荒らす鼠よ、我の手の中へ、収まれ」

瞬間、金属を引っ掻くような甲高い音とソレの景色が爪痕のような黄金の三本線が入った。ソレは首を、首だけを後ろに回してその三本線を見た。

「アア、オマエ、カタイナカノマジョノ…」

ソレはぐるんと首を前に戻すとニタリと笑った。

何故だか僕はその顔を見て、この笑い方が似合っているな、と感じた。

先ほどから冷や汗が止まらないのに、頭の中は目の前の非現実を冷静に見ていた。

悲しみに似た恐怖への諦念が僕の神経を麻痺させていた。

「…次は当てる。この人を返してあげて」

ミカヅキはきっぱりとそう告げた。

その言葉が最後通告であるかのようだ。

ソレの顔が更に歪み、顔だったその枠内のパーツは渦潮を巻いているようにも見えた。ソレは何も言わなかった。

ミカヅキも何も言わない。

お互いに睨み合っている。

硬直状態、鉱物同士が擦り合う音が聞こえそうなほどの静寂が場を支配していた。

ミカヅキの表情が見えない。

僕はミカヅキの影に隠れているのだからどんな顔をしているのか分かる道理はない。

僕は、急に情けなくなった。

ミカヅキが僕を助けるのにどんな理由があったかは知らない。

けれど、今、ミカヅキは僕を助けようとしている。

僕を助けようと僕の前へ立っている。

それなのに、僕はどうだ?

ミカヅキに言われるがまま、ミカヅキの影に収まって、ビクビク怯えているだけではないか。

ミカヅキが僕を助けるのに理由は知らない。

だけど、僕がミカヅキの影に隠れて良い理由は、ない。

僕はミカヅキの影から出た。

影から出て、ソレと目が合った。

ソレの周りの景色が水滴を落としたように広がったかと思うと急激にソレの中心に向かい、ソレの顔は幼子の端正な顔になり、ソレの景色もまた元に戻った。

ミカヅキは僕が影から出てきたのを気配で感じているのだろうが、黙している。

ソレは僕に微笑みかけた。

「お兄ちゃん、こっちに来てよ?」

その一言で僕の膝は笑って動けなくなる。

だけど僕は、目を閉じ深く息を吸って、短く自らに問うた。

僕はどうしたい?

その答えは、もう決めている。僕は一歩前に進んだ。

「僕は、元の世界に帰りたい」

僕の望みはたったこれだけ。

他に何かを願っている訳ではない。

早く元の世界に戻りたい。

それだけ。

単純だけど強固なこの望みは、この異世界の否定だろうか?

違う、僕はただ、僕一人の足で踏み出さなければならない。

この良く分からない争いの始まりが僕ならば、この争いの終わりもまた僕が幕を下ろさなければならない。

ソレの返答を遅らせることでも、ミカヅキにすべてを投げ出すことでもなく、僕がどうありたいか、たったそれだけのことを答えとして言った。

たったそれだけのことにミカヅキの影の中で気付く僕は、きっと間抜けだろう。

だけど、不思議ともう怖くない。

身体中に張り付いていたあの恐怖はもう何処にもない。

僕は今しっかと立てている。

間抜けなりの矜持が僕の胸にある。

たったそれだけ、それだけで僕はソレと対峙した。

ソレの顔は無表情であった。喜びも悲しみも怒りもその顔には表れていなかった。

ミカヅキは、そっと息を吐いていた。

 

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