カケルがどうしてここにいるのかは分かった。
僕が弁当を忘れて、それをたまたま休日だったカケルが自転車に乗って僕を追いかけて、高木神社で僕の自転車を見つけたから高木神社に寄った。
筋は通っている。
やはりここは高木神社なのだろうか?
「それで、兄ちゃんの自転車を見つけた後は?」
「神社の中に入った。でも、居なかった」
カケルは多分境内の中を見渡したのだろう。
でも僕の姿が見つからなかった。
けど、僕の自転車はある。
ならば、神社の中の何所かにいると思ったのだろう。
と、すると…
「それで、カケルはどうしたんだ?」
「うんと探したよ。神社の中とか後ろとか。でも居なかった。何処かなーって思っていたら林があって、ここはまだ探してないや!って」
「それで林の中に?」
「うん!」
それでカケルは林の中に入っていった。
ここまでは何て言うかそれほど可笑しくない。
問題はここからだ。
「それで林の中に入ってどうだった?」
「うんと、木とか草とか一杯あって歩くのが大変だった。それで前へ前へ進んでいたら、わってなったの」
「ん?どういうこと?」
「えっと、体がふわってなって、気付いたら横になってたの」
「それは…穴に落ちたってことか?」
「んー、そうかな?ふわってなったの、ふわって」
恐らく草で下が見えなくて段差に気付かずに踏み込んだんだろう。
なるほど、それで顔とか泥だらけなのか。
と、カケルの身体が大丈夫か心配になった。
身体が浮くと感じるほどの落差だ。
何所か怪我をしているのではないか?
「カケル、どっか痛い所はないか?気分は悪くないか?」
カケルはしかし、一片の曇りの無い笑顔で僕の質問に答えた。
「うん、大丈夫だよ!何処も痛くないよ!」
そう自信満々に答えるカケルに僕の何所かにあった緊張が抜けてしまいそうになった。
僕は半笑いになりながらカケルの言葉を考えた。
カケルの言葉は嘘ではないだろう。
もしかしたら土や草がクッションになっていたのかもしれない。
もし、何所か怪我をしているなら、ここに居るよりも何所か移動した方が良いかもしれない…僕は次の質問を考えながら、自分の行動を定めようとしていた。
カケルが林の中に入って僕を探した。
草で覆い隠されていた段差に気付かずに踏み込んで落ちた。
カケルが林の中を歩いたり転んだりしたから土汚れがある。
今の所、僕がこの場所で倒れていたこととカケルが汚れていることに直接的な関係は見当たらない。
…いや、カケルは僕を追いかけて落ちたのだ。
僕が何かしらの用のために林に入り、その後をカケルは追いかけて、結果落ちたのだ。
そもそも僕が弁当を忘れなければ、カケルが落ちることなんてなかった。
ただ、カケルは勝手に追いかけて勝手に落ちた、とも言える。
もっと注意して歩けよ、と憤りも感じた。
「こんなに汚れちゃ母さんにどやされるな。帰ったら風呂に入れよ?」
それでも僕が発した言葉は謝罪でも暴言でもなく、兄としての意地だった。
カケルにとって僕は良き兄でありたい。
その思いからの言葉だった。
「うん!分かった。…お兄ちゃんも帰ったらちゃんと入ってね?」
カケルはそう言ってにこっと笑った。
確かに僕も土汚れがある。
このまま学校に行って先生や友人に何て言うか?
まあそれは後で考えよう。
それにしても、カケルは本当によく笑うな。
本当に昔からこいつは……あれ?何か変じゃないか?
でも、一体何が?
僕は急に沸き上がった微かな疑念に首を傾げた。
「お兄ちゃん」
そこでカケルはにこにこしながら話し始めた。
「それで、僕うんしょって起きてね。お兄ちゃんをまた探したの」
ああ、そうだ。
僕が聞きたいことはまだちゃんと聞いてなかった。
と、先程まであった微かな疑念が何処かに行ってしまった。
そんなものは最初からなかったかのように。
でも、何か大事なことだったような…いや、勘違いだったかも知れない。
今はカケルの話を聞かなくちゃ。
僕は無くしてしまった何かを気にしながら、カケルの言葉に耳を澄ました。
「僕ね、頑張ってお兄ちゃんを探して、それで見つけたの」
カケルはそう言って僕の目をじっと見た。
その顔はさっきまで緩んだものではなく、不安そうな表情だった。
「最初、横になってたの。あ、僕と同じでふわってなったんだって。『お兄ちゃん』って声をかけたの。でも全然起きて来なくて。僕、あれ、どうしたのかなって思って。そしたらお兄ちゃんがううって…」
そこまで捲し立てて、カケルは下を向いた。
兄を追いかけて行ってようやく見つけた兄の様子がおかしかったら、それは不安になることだろう。
今でもあの酷い感覚は僕の平衡感覚を狂わしているような気がする。
そしてはっきしりしたこともある。
やはり僕が倒れていたことはカケルには何も関係がなかったこと、カケルが来る前にすでに僕は倒れていたこと、これらはまず間違いないと思って良さそうだ。
「そうか…兄ちゃんはこの通り大丈夫だからな。心配かけたな。それで、ずっと声をかけてたのか?」
「うん。ずっと呼んでたよ」
「どれくらいの時間呼んでいたか、分かるか?」
「うーん…時計持ってないから分かんないけど、いっぱい呼んだよ?」
いっぱい…抽象的過ぎて何時だか分からない。
それでもカケルが見つける前に倒れていたのだから、神社に入って直ぐだとして、30分くらいは倒れていたのかもしれない。
しかし、それも憶測の域を出ない。
これからどうすれば良いのだろうか?
「ねえ、お兄ちゃん。早く戻ろうよ」
カケルはそう言って僕の手を掴み急かす。カケルにしてみれば兄が起きたのだからここにいる理由はないのだろう。
しかし、今動いて良いのか。
いや、このままここに居た方が良いだろう。
理由を問われれば答えられる。
僕自身が頭を打った可能性がある。
辺りが暗くて下手に動き回るのは危ない。
カケルを安全に連れて行くために慎重にならなくてはならない…でもそれより何より今、ここから、僕は動いてはいけない気がした。
本当は今すぐにでも立ち去りたい。
でも、僕は何故かここに留まることを考えていた。
「カケル、そう急かすな。こんなに暗いと危ないだろ?もうしばらく待て」
「しばらくって?」
「しばらくは、しばらくだ」
僕は憮然とした態度でカケルに答えた。
そう、しばらく。せめて考えがまとまるまで…