朝食を食べ終えてから暫く椅子に座り、一息着いた所で私はそろそろ部屋に籠もろうか、と立ち上がった。
やおら歩き出そうとして、その前におやつでも持ち込もうか、とふらり台所へ踵を返した。
台所では母がちゃちゃっか洗い物をしていて、その後ろをのそりと通り、冷蔵庫にあったケーキと常備されているブレンド茶のペットボトルを手に取った。
白地に藍色の絵付けがされた丸皿の上のケーキは、優雅に私を誘惑していた。
そうだケーキを食べるには切り分ける必要がある、と戸棚のガラス戸を開けフォークを探した。
母は私を一瞥すると、また頭の黒い鼠が出た、と冗談めかして言った。
ふと、台所に置かれた机に大の男の握り拳くらいの大きさの穴が角に空いていた。
よく見れば机の天板は一枚板ではなく、ベニヤ合板を張り合わせて作られていて、中が空洞になっていた。
穴から覗く想像よりも広々とした空洞に、随分と安物だったのだな、と感じた。
ここに穴が空いているね、と母に話しかけた。
母は、ああもう古いからね、と返した。
続けて、祖母が家を建てた頃からある机なんだよ、と教えてくれた。
半世紀前、周りが田んぼばかりで家もまだらな頃に祖母は家を建てた。
話しによれば、近辺で建っている家々の中でもかなりの古株らしい。
何度かの補修がされているが、半世紀、この信濃の土地に根付いていた。
この家とほぼ同じ時間をこの安物の机は過ごしている。
私が産まれる前から存在し、そして恐らく、これからも台所でひっそりいるのだろう。
あと半世紀も経てば、付喪神になって百鬼夜行に参列するやもしれない。
母は、新しいのを買ってよ、と笑いながら言った。
私は、その内ね、と笑って応じた。
これが冗談であることは、机もきっと分かっていることだろう。
かちゃり、とフォークを丸皿の上に乗せ、そろり部屋へ向かった。
机の角の穴から妖精でもひょっこり顔を出していないか、とちらりと横目で見た。
しかし、半世紀前からきっと変わらずに、机はそこにあるだけだった。