3幕目。
3、暗い男の部屋
音響、カギを開ける音。
先生、恨む女、暗い男、助手、その場で止まる。
電源を入れる音。
照明、電源きっかけで温かい色。
暗い男、舞台中央へ。
暗い男 済みません、どうぞ、済みません。
先生、恨む女、助手、それぞれ舞台上で散らばる。
恨む女 ……つれいします……
助手 失礼しまーす
先生 失礼する！
暗い男 済みません、散らかっていて、済みません。
先生 いや！これはかなり片付いているのでは？
恨む女 ……い、大変に、片付いています。
暗い男 済みません、恐縮です、済みません。
助手 台所も片付いてる！すごい！洗面台が見えるよ！
暗い男 済みません？、その、洗面台は見えるものでは？済みません。
助手 ところがどっこい、先生の事務所は本当に酷くって。先生が面倒くさがって洗い物を全然洗わないんだ。
暗い男 え？済みません、食器を洗わないのですか？済みません。
助手 そう！ちょっとボクが用事で事務所を3日くらい空けてさ、それで顔を出すじゃん？もうね、山、汚れたお皿の山ができてるの！ソースがべっとりと付いた皿がそのままに放置されているんだよ？信じられる？
暗い男 済みません、にわかには信じられません、済みません。
助手 だよね！もう、生活能力が欠如していて困っちゃうよ。雲泥の差だよ、すごい片付いている。ねー、先生？
先生 うるさいな、全く。
恨む女 ……の、家事ができる人は、素敵です。
助手 あれ？部屋の片付けとか、しないんですか？
恨む女 ……らなくちゃ、とは思うんですけど、どうしても、疲れてしまって。ラーメンは別、ラーメンは作ります、でもそれ以外は全然、何も、どうしても疲れて、朝からずっと、気を張って、疲れてしまって、億劫になってしまって、床にそのまま、山、ワイシャツの山を一山作ってしまって、済みません、だらしのない女で済みません……
助手 あー、お仕事、一生懸命、やっているんだ。えらいね！
恨む女 ……い、はい。頑張ってます、すごく、頑張ってます。私、頑張って、朝、起き上がるのも、しんどいけど、カップラーメンに、ヤカンに、あの、昭和レトロの、昔ながらの、金色の、アルマイトケトルの、ヤカンで、通販で買った水、pH7.5の、少しだけアルカリ性の、水を、あの、スープにコクがでるので、pH7.5の水を、沸々と、湧かして、それで、それで、それを、そっとカップラーメンに注いで、蓋をして、タイマーをセットして、目を、目を閉じて、待つんです、出来上がるのを、待つんです。それで、タイマーが、鳴ったら、そっと、蓋を開けて、それで、食べるんです、ラーメンを、美味しいラーメンを。私、それで今日も頑張ろう、と頑張って仕事に行こうって、だから、頑張ってます、すごく、頑張っているんです。
暗い男 ……済みません、あの、済みません……
恨む女 ……泣かれて、いるのですか？
暗い男 分かります、お湯を注げば、必ず美味しいラーメンができる、絶対に美味しいラーメンができる、裏切らない、絶対に美味しいラーメンがあるから、頑張れる。明日も頑張れる、分かります……
恨む女 わ、分かってくれますか……分かってくれますか……
先生 ええい！それよりも！どういうトリックをするか！どうしたらクソ野郎を殺せるか！みんなで！考えましょう！
助手 先生？空気読もう？今、良い雰囲気じゃん？ステイ。
先生 シャラップ！我々は、何のためにここに来たのか！その、目的を、崇高な目的を！事件を！私に事件を！
助手 事ここに至って、この場で一番ヤバい人になってるのが先生って、ヤバいな……ん？このダンボールって？
暗い男 済みません、カップラーメンです、済みません
助手 やっぱり。どれどれ、中身は？
恨む女 ！こ、これは！
助手 ん？
恨む女 期間限定、「火山屋」さんとのコラボ商品！
暗い男 済みません、はい、済みません
先生 ラーメンは、取り敢えず、横に置いておきませんか？
恨む女 あなたも、買っていたのですね。そうですよね、「火山屋」さんのコラボ、買いますよね、素晴らしい、グッドチョイス、素晴らしい、同士よ、あなたは素晴らしい人です
暗い男 済みません、買ってはいません、済みません
恨む女 え、買っていない？え、でも、ダンボールにあります、え、買っていない？え？
先生 トリックの話を！しましょう！事件の！話を！
暗い男 済みません、これは……譲り受けた物です、済みません
助手 ん？ラーメン好きの人から譲ってもらったの？
先生 助手！お前はこちら側だろ！
暗い男 済みません、いえ、会社から、済みません
助手 え？会社から？
暗い男 済みません、私、この会社に働いてまして、済みません
恨む女 え！？あの、え！？
暗い男、下手に行き、ダンボールを数箱出す。
暗い男 済みません、限定商品は私用でお願いして、譲ってもらっているのです、済みません
助手 わあ！すごい、色々あるね！
先生 確かに、色々あるな！さて、じゃあ、トリックの話を！やはり、首吊りをするには玄関から見える位置が良いでしょうな！
暗い男 済みません、本当は代金を支払うべきなのに、何だか、ズルをしている気がして、済みません
助手 良いんじゃない？仕事の報酬でしょ？問題ないと思うけど。ん？というか、何のお仕事？
先生 この部屋！この部屋を現場にしましょう！彼女の部屋の間取り図をコピーしてもらって、それでそっくりこの部屋で再現するのです！これだけ片付いてるのだから、準備がし易い！
暗い男 済みません、提携先との繋ぎ、営業です、済みません
助手 提携先？
暗い男 済みません、このコラボ、「火山屋」さんとの交渉を担当しました、済みません
恨む女 結婚しましょう！
助手 お？
暗い男 はい？
先生 へ？
恨む女 結婚しましょう、結婚すべきです、これは運命です、ディスティニーです
暗い男 軽蔑、しないのですか？
恨む女 軽蔑？何故？あなたがどれだけラーメンを愛しているか、私は知っています
先生 いやいや、ついさっき知り合ったばかりだ、何も知らないと同じでは？何も知らないはずだ、そうだ、何も知る訳ない
助手 先生、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何たらら、だよ？
暗い男 ……私がカップラーメンの会社に勤めているから、ですか？タダで珍しいカップラーメンが食べられるから、だから、そう言っているのですか？
恨む女 ……正直に言えば、そういう、欲がない、と言えば、ウソになります
先生 何と、恐ろしい！目的はラーメン！愛などないのだ！
恨む女 愛はあります！私は、あなたと、あなたが良いのです
暗い男 済みません、何故？
恨む女 何故？ふふっ、私が、あなたがこのカップラーメンにどれほどの情熱を持ったか、私が想像できないと？「火山屋」さんは頑固親父で有名、先代はお客さんとスープを先に飲まなかったから追い出した逸話もあるくらい頑固で短気だったそうで、そんな先代の息子も先代に似て頑固、そして、とてもこだわりが強い人、その「火山屋」さんを口説き落とす、並大抵ではできません。毎日、毎日、通い詰めて、お願いして、お願いして、靴を磨り減らして、頑張って、すごく頑張って、そんな、あなたと、私は、一緒に居たいのです、あなたが良いのです
暗い男 済みません、私は詰まらない男です、だから……済みません
恨む女 いいえ！いいえ、あなたは詰まらなくないっ！あなたは、これほど素晴らしいものの為に尽力してくれたじゃないですか！素晴らしい、このカップラーメンで、色んな人を楽しませている、喜ばせている、素晴らしい、色んな人を喜ばせている、救っている、そう、救っている、私を毎朝、救ってくれている、あなたは詰まらなくない、素晴らしい人……れとも、私のような、女は、お嫌いですか？
暗い男 そんな！これほど、綺麗な人を嫌いだなんて！……あっ……済みません……
恨む女 い、いえ……
暗い男 ……済みません、私で、良いのでしょうか？
恨む女 あなたが、良いのです
暗い男 ……ラーメンの君
恨む女 はい
暗い男 これから、たくさんの迷惑をかけるでしょう、時には嫌な気持ちにもさせるでしょう。それでも？
恨む女 私は、あなたが良いのです
暗い男 本当に？
恨む女 はい、結婚しましょう
暗い男 （居住まいを正す）不束者ですが、どうぞよろしくお願いします
恨む女 こちらこそ、末永くよろしくお願いします
助手 やったー！ラーメンは偉大だねー！
先生 待て！待ってくれ！結婚しても、その男は、自殺するぞ！そのために縄を買ったじゃないのか！？
暗い男 済みません、翻意（ほんい）します、済みません
先生 そんな！……ええい！計画の破綻はよくあること、ここから挽回するのが、名探偵だ
助手 計画の破綻って、完全に発言が犯人側だよね
恨む女 あの、それも、もう、良いです
先生 はい？
助手 おお！
恨む女 確かに、あの野郎は、勝手に、私のカップラーメンを食べました、万死に値します、ぶっ殺したいです。ブタさんのクソを煮詰めたクソ野郎です……でも、今は感謝しています。彼に出会えたのですから、奇跡です、友達には感謝しています、だから、もう良いのです、許そうと。
先生 えええええ！？
助手 もう、殺しはしなくて良い？
恨む女 はい、お付き合い頂き、ありがとうございます
助手 二人とも、良い顔してるよ！
先生 ま、待って、待ってくれ、事件を、事件が……！
暗い男 済みません、早速、式場を探さなくてはならないので、これで、済みません
助手 そうだね、善は急げ、お二人さんお幸せに！
恨む女 はい、行きましょう、あ・な・た
暗い男 はい、行きましょう、お・ま・え
先生 私の、事件がぁあ！！
恨む女、暗い男、下手へハケる
