10番目。
序盤の終わり。
10、橋の下、反対側。
雨脚はより強くなり、他が人の呟きさえもかき消していく。
空は雲で覆い隠され、無数の雨粒が我先にと地表へ降りて来てパツパツと歌っている。
無数の雨粒は川にも向かい、一つの束になってゴオゴオと奏でている。
ウサギ、雨の演奏会に静かに耳を澄ましている。
と、ジャリと言う砂が擦れる音がウサギを現実に引き戻す。
ウサギ、音のした方へ振り返るとモクタンが佇んでいた。
モクタン、視線を下に向けていて、どこか所在なさそうにしている。
モクタン ……素敵な音色ですね
ウサギ うん。私、雨って好き。コンクリートに落ちる音も、葉っぱに伝う雨粒も、雨で濡れた土の匂いも。どれもとても綺麗だから
モクタン Ah!そんなあなたも綺麗ですよ。いや、雨の憂いの相乗効果でより美しくなっています!嗚呼、雨はあなたのために降っているようなものです!
ウサギ フフッ、嬉しいけど大げさね……でももしこの雨が私の所為で降っているなら、トゲさんに悪いことしちゃったかな……
モクタン Ooh!ウサギはそんなことを気にしなくていいんですよ!あいつは好き好んでああいう役回りをしているんですから
ウサギ でも……トゲさんがいなかったら、今頃水溜まりの中で沈んでいたわ…モクタンさんも雨除けを必死で持っていて…私、何もしていないね?
ウサギ、寂しさが滲ませながら笑う。
モクタン、言葉を詰まらせるが、次の瞬間に橋の下を飛び出す。
ウサギ、驚く。
モクタン、キリッとウサギと向き合うと、可笑しな踊りをする。
モクタン なんて素敵な雨なんだろう!こんな雨が降らなければきっと誰かが悲しむだろう!そうさ、こんな素敵な雨が降っているんだ!きっと誰かが喜んでいるさ!そうだろう、ウサギ!
モクタン、雨の中クルクルと回っている。
ウサギ、いつもの笑みを浮かべる。
ウサギ ……ありがとう、モクタンさん
トゲ、ウサギ達のところへ戻って来る。モクタンが雨の中、踊り狂っているのを見て、何をしているんだ、あの馬鹿は?というそんな疑問を抱く。
モクタン、変な節の歌まで歌い始める。
モクタン ハ~、今は、あーめが振りそーそーぐ♪ハ~、きっと、あーしたは晴れーるーよ♪ア、ソリャソリャ♪
ウサギ、モクタンを見て楽しそうにしている。
トゲ、言うかどうか迷ったが、やはり無視は出来ないと覚悟する。
トゲ ……あー、ウサギ?炭っカスは何をしているんだ?
ウサギ あ、トゲさん。見ての通りだよ?
トゲ ……うん、そうか。遂に本格的に壊れてしまったか。あいつとは色々とあったが、こうなってしまったからには放っとく訳にはいかないな。んー、どう接すればいいのだろうか?
モクタン Hey!何勝手に自己完結をしてやがるのですかっ!私は健全です!ただこの素晴らしき雨を讃えていただけですよ!
トゲ そうかそうか。モクタンくん、讃えていたんだね?良かったねー……ところで今日はよく冷えるね?そんなに濡れていると薪としてウサギの役に立たないよ?
モクタン 何サラッと自殺を推奨しているんですかっ!怖い、怖すぎる!ウサギ、聞きましたか?コイツは雨の中踊っているだけでこんなことを言う歪んだ思想を持った冷酷非情な男なんですよ!
トゲ なんだよ、ジョークだよジョーク。んな真に受けるなよ?ハハ!
モクタン NoNoNoooO!絶対今のは本気でした!目が笑っていなかったんですもの!ウサギ助けて下さい!私、いつかこのワニに殺されます!
トゲ ……はいはい、つまんねーこと言ってないで水滴を払い落としておけ
モクタン ……そっちが先につまらないことを言っておきながらぁ……まーいいでしょう。で、そっちの交渉はどうでした?
ウサギ 交渉?何の話?
トゲ 向こうにお地蔵さんの小屋があるのよ。ここだと水嵩が増すと危ないから、高台にあるそこで一晩泊めてもらおうと交渉しに今し方行って来たんだ
ウサギ そうなの……それでどうだった?
トゲ オッケーだとさ。旅路の話でもして欲しいそうだ。あ、あと他にも雨宿りをしている奴がいるから気を遣えよ、炭っカス?
モクタン 何故そこで私に振られるのか全く理解ができませんが、気を付けましょう
トゲ ……炭っカス、雨除けを忘れるなよ?ウサギ、こっちだ
トゲ、歩き出す。
ウサギ、その後を付いていく。
モクタン、近くに置いてあった雨除けの葉っぱを抱えるとウサギの後ろに回る。
一路、橋の上にある地蔵宅まで。