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【のはらのたけ】〜情景描写〜

【のはらのたけ】の情景描写編。

いっそ私小説の部類なのか?

もう少し丁寧に書けば、1万文字は余裕で超えるな……

 

 八月の炎天下、曲がりくねった山道を軽自動車が走っている。軽自動車は右後方の車輪付近が擦れていて、白い塗装に茶色く汚れた傷は生々しい。山道は高い木々に囲まれているためか、はたまた標高が平地より高いためか幾分か涼しい。車内には90年代のヒットメドレーが流れていて、静かな山道に軽妙な曲が響かせている。後部座席には新品の燃えるゴミ用と不燃ゴミ用のゴミ袋が二つづつ、空の段ボールが数枚、ホウキに雑巾と掃除道具が詰められている。

 軽自動車の中には男が二人いる。運転手にいる男は野竹太郎、丸眼鏡に柄シャツ、ハーフパンツの出で立ちで何処となく胡散臭い雰囲気がある。終始適当なことを喋っている。助手席の男は野原太郎、上下ジャージ、腕には銀時計、野竹の喋りに適当な相槌を打っている。

 野竹と野原は大学時代からの因縁がある。同じ大学に通っていた時、名前が似ているために教授によく間違われていた。ゼミや飲み会などで度々「似たような名前が学内にいる」と話題にされていたのでお互いに認知していた。しかし、学部が違ったために野竹と野原は顔を合わせることはなかった。

 二人が初めて知り合ったのはネットワークビジネスのBBQ会場であった。

 野竹は留年2年目で「野竹に構うと運が落ちる」と疫病神扱いされて周りから敬遠されていた。真面目に勉学に励む気にも成れず、暇を持て余していた野竹は1年生の可愛い女子に誘われて付いて行った。野原もそのBBQ会場にいた。野原はネットワークビジネスをメンバーであった。野原はネットワークビジネスをすれば最上階のタワマンに住めるくらい稼げると憧れの先輩に言われてからその理想を信じ込み、遮二無二に勧誘した。当時は明るい性格もあって友達も多くいたが、噂が流れ始めて野原と関わる人が少しづつ減り始めていた時期だった。

 初めて顔を合わせて「あー、あなたが似た名前の」と驚きと共に会話した野竹と野原のお互いの第一印象は「こいつとは馬が合わないな」であった。野竹は野原のいかにも真面目そうで疑いを知らなそうな純粋さが鬱陶しく感じた。野原は野竹のいかにも不真面目で斜に構えた感じが神経を逆撫でた。

 お互いに最悪の印象であったが、この日から事ある毎にばったりと出くわし、野竹は「またお前か」と大口空けて笑い、野原は「勘弁してくれ」と天を仰ぎ見た。袖触れ合うも他生の縁、恐らくこれからも憎まれ口を互いに叩き合うのだろう。

 因みにBBQ会場では野竹が誤って(野竹本人の弁)野原と他のメンバーで作ったキャンプファイヤーの中にロケット花火を数十本打ち込み、派手に爆発した上に近くの杉に着火、消防車3台を呼ぶ大惨事となったが、本筋とは関係ないので割愛する。

 

 さて、仲が良いとは言えない二人が何故山道を走っているのか。遡ること1ヶ月前、すっかりネットワークビジネスの熱は冷め、されどすっかり友達が居なくなった野原は憧れであった先輩に再びネットワークビジネスに誘われた。野原は正直、自分には商売の才能がないのではないか、と自分自身に落胆していた。自分に魅力がないから友達が離れ、夢のタワマンに住むのは遥か彼方、親からの仕送りも今年から無くなり、居酒屋のパートと新聞配達のバイトでどうにか食い繋ぐしかない。そんな何者にも成れない現実とのギャップを夜、布団に潜る度に確認し、涙を流しながら寝る毎日だった。

 いつものように居酒屋で働いていたら件の先輩が訪ね、後日会って欲しい、野原の力が必要なのだと半ば強引に連絡先が書かれたメモ用紙を手渡された。

 熱を込めて話す先輩を何処か冷ややかに見てしまう自分が嫌だった。しかし布団に入る前に伏せていた写真立てが落ちた。拾い上げると結成当時のネットワークビジネスのメンバーの集合写真、笑っている先輩と自分、いつもと違う熱い涙が零れた。先輩にはお世話になったからその恩返しをしよう、何者にも成れない自分が先輩のためにできることはない、この話の手伝いをして自分が夢を見るのは最後にしよう。そう決めて野原は先輩に連絡を取った。

 待ち合わせ場所のカフェテラスで先輩は意気揚々と未来のビジョンを語った。今度山間のロッジで決起集会を開く、そのメンバーに野原が居て欲しい、と。野原が好きな不器用だけど熱くて格好良い先輩がいた。先輩は未だ諦めていなかった。先輩の熱に当てられて何度か気持ちがぐらついた。それでも自分の偽らざる気持ちを先輩に伝えた。自分はもう夢は追えない、でもお世話になった先輩の夢は応援したい、メンバーにはなれないが手伝いたい、と。話し合いは2度場所を変えて続け、気付いたら10時間ほど経っていた。真夜中のテーブルに涙を流しながら「分かった」と先輩が言った時、野原は青春の終わりを予感した。

 それから先輩はロッジを借りたが、片付け等はできていない。当日までにロッジを綺麗にしたいがバジェットのアグリーMTGや体制のボトルネックの見直しなどイシューが山積みでロッジまでのスケジュールを組み立てられない。代わりにロッジの片付けをしてくれないか、と野原に頼んだ。片付け程度ならお安い御用だと引き受けた。

 しかし、野原は自動車運転免許を持っていなかった。ロッジは山間にある。歩いて行くには駅から離れ過ぎている。そこで先輩から運転できる人を手配する、と言われた。そして、今日、茹だるような日差しの中、駅構内で待っていた野原に声をかけてきたのが、野竹であった。野竹は「またお前か」と大口空けて笑い、野原は「勘弁してくれ」と天を仰ぎ見たのが朝の出来事である。

 

 右後方の車輪付近の擦り傷を見て不安になる野竹を乗せて、野竹は適当に喋ってた。相変わらず胡散臭さに磨きがかかっていて、どうして先輩はこんな奴に声をかけたのかさっぱり分からない。野竹の言い分によれば、最近、働いていた店の店長の車のバンパーの上に朝捻り出した大便を乗せるイタズラがバレて首になって暇になった。それで何となく電話帳から夏っぽい名前を選んで電話をしてドライブに誘った。そうしたらその子が先輩から車を運転できる人を探している話をされた。電話じゃあその子とロッジに行ってデートのはずだったんだけどなー、とケタケタ笑いながら野竹は嘯く。野竹の常識とは言えない言動にうんざりしながら野原は外を眺める。90年代の音楽だけが止まらず流れ続ける。

 

 曲がりくねった山道を1時間ほど走って、目当てのロッジに辿り着いた。ガードレールもない細い砂利道を走る時には本当にこの道で合っているのか不安が大きくなったが数十分走った先には自動車が10台は停められる駐車スペースがある。ロッジはそこから石の階段が10段ほど上った先にある。白い壁に大きい窓が一階二階、前にも横にも2枚づつある。木の三角屋根の上には落ち葉が積もっている。斜面に無骨の鉄柱があって、半分ほど突き出た建物を支えている。石階段の前に木の看板があるが朽ちていて文字は読めない。

 野竹はおもむろに看板を引き抜こうとする。野原は驚き制止する。不思議がる野竹は構わず抜こうとする。野原は強めに制止してから、理由を尋ねた。

 野竹は「片付けに来たのだろう? 明らかに朽ちてるし、これもゴミだろ

う?」という。

 野原は努めて冷静に「ロッジは借りた物、この看板も敷地内の物でロッジの所有者の財産、勝手に撤去してはならない」と説いた。

 いまいち納得はできなかったがいざこざするのも面倒だったので石階段を上り始

める。入る前からこんな調子で大丈夫なのか、野原は不満をぶつけるつもりで野竹に聞こえるように大きい溜息をする。

 

 野原は先輩から郵送された伴でロッジを開ける。中は薄暗く、埃っぽく、生温い空気が流れ出る。一先ず全ての窓を開放する野竹と野原。幸い、物は殆ど無く、比較的綺麗であった。

 野原はこれが自分の夢の終わり、と部屋を見渡して決意する。と、野竹が声をかけてくる。野原が水を差されたことに腹立ち無視して掃除をしようとするが、野竹がしつこく声を掛ける。自分が大人に成ろう、と野原はしぶしぶ野竹の所へ行くと野竹は窓の外、ある一角を指差す。

 そこには小さな祠がある。ロッジから3mほどに木々の中にひっそりと佇んでいる。石で出来た祠の屋根は苔生していて長い年月そこに建てられていたのが分かる。しかし、それよりも目立つのは、祠の前にある人形である。大きさは30cmはあるだろうか、アニメみたいな大きな緑色の目は真っ直ぐ正面を見ている。ソフトビニールの仄かに白い肌にピンクの唇とウェーブがかった金色の髪は映えている。服は薄紫色のワンピースと濃い青紫のベルト、白い首襟にスカートの裾から透明なフリルが見える。また、ワンピースと同じつば広帽子を被っている。白い靴下と同じく薄紫の靴を履いている。人形の足下の直ぐ横に白い漆器の盃が備えられているし、祠の前の小さな鳥居には梵字(だと思われる)で書かれた札が数枚貼られている。それに比して、人形とミスマッチ過ぎて異様な空間になっている。

 野竹はケラケラ笑いながら曰くあるのかな? と楽しそうだ。これを先輩は知っているのだろうか? 

 野原は後で先輩に報告しようと携帯を見るがWi-Fiが飛んでいないため通信ができない。窓を開けて直ぐそこに不気味なものがあればこんな場所を借りた先輩に要らぬ不安を招きかねない。駅まで戻ったら連絡しよう、と野原は問題の先送りを決めた。野竹にカーテンを閉めるように言うと、怖いのかよと煽ってくる。野原は溜息を吐いて、怖いよ、答える。その様子を見て野竹は肩をすくめて閉めることに同意した。野竹は人形に軽く手を振るとその窓だけカーテンを閉めた。野竹が閉めるのを見届けて、野原はよしやるか、と小さなしかし確かな決意を改めてする。

 

 数時間の掃除を終え、三人は軽自動車に乗り込む。かろうじて西日が山の奥から見えるが、真上はもう夜だ。長時間の労働を終え、野竹は大欠伸をしながら運転席に座る。野原は大きく伸びをして深呼吸をして、助手席に座る。野口はそっと後部座席に座る。野竹は夕飯は何にする? と言いながらシフトレバーを操作して、ゆっくりアクセルを踏む。野原は窓を開け、さようなら青春、とロッジを見やる。感傷に浸っているところ悪いけど、と野竹は欠伸を噛み殺す。山道だけで1時間かかる、どこかで仮眠をとらせてくれないか、野竹はもう一度生欠伸をする。右後方の小擦り傷が頭に過る野原は否応なしに賛同する。昼間は木漏れ日があった道は暗く、曲がりくねっているために先は全く見通せない。いっそ寒いくらいの山道を走るのは自分たちの軽自動車だけ。欠伸をする野竹を見て、青春最後の日が人生最後の日になるのではないか、と行きよりも強く不安は膨れる。頼むから安全運転してくれ、と上擦る声で野竹に言うが、聞いているのかいないのか野竹はああ、だのうん、だのしか言わない。

 音楽を流そう、とラジオの手元を操作する。流れてきたのは暗い曲だ。誰だこんな時間にこんな曲をリクエストしたのは、とげんなりしながらも欠伸をする野竹が少しでも覚醒してもらいたい野原はそのままラジオを流し続ける。

 良い曲ですよね、と不意に野口が喋る。そうか、暗くて陰湿な印象があるよ、と野原は答える。でも、前向きになれますよ、と野口はくすくすと笑う。野原は変わっているなー、と思う。野竹がなあ、もう寝たいけど、駄目? とぼんやりした口調で言う。お前、マジ、ふざけんなよと恐怖と怒りと焦りで半狂する野原はそれでも冷静に努めて思考し始める。何故かケラケラと笑う野竹はまだ余裕はありそうだが、さっきの口調から推察するに停めて寝かせた方が安全だ。しかし、こんな山奥で停めたら他の自動車が通る時に邪魔になる。どうしたら良い、と野原は頭を抱える。

 近くに自動車を停められる場所がありますよ? と野口が言う。野原はえ、知っているの? と聞くと野口は野竹さん、そこの細道に進んでください、と指示を出す。野竹ははいはい、と答えると、細道へ進んだ。ガードレールもない細い砂利道を走る時には本当にこの道で合っているのか不安が大きくなったが数十分走った先には自動車が10台は停められるスペースがあった。真っ暗なそのスペースにゆっくりと停めると、うーん、じゃあ、と野竹はシートを倒して寝始めた。

 さっきまで聞こえていたラジオの音声はぷっつりと切れて、静寂が辺りを包んでいた。

 野原さん、お話ししましょ、と野口は言った。野原は真っ暗な空間に響く野口さんの声に耳を傾けながら、そうですね、と応じた。何の話をしましょうか? と野原が尋ねると、野口は今の住んでいる場所は湿気がひどいし、友達が遊びに来れないような山奥だから引っ越したい、と言った。野原はへえ、山奥、どこに住んでいるのですか? と聞いた。

 野口は「直ぐそこですよ」と答えた。

 そこ? と野竹が付けっぱなしにしていたライトの先を見る。ライトの先には石の階段がある。石階段の前に木の看板があり、朽ちていて文字は読めない。10段ほど上った先にあるのは白い壁に大きい窓が一階二階、前にも横にも2枚づつある、あのロッジだ。

 野原は冷や汗がぶわっと吹き出る。いや、そんな訳がない、あのロッジな訳がない、引き返すような運転をしていない。あ、そうか、ここら辺は別荘地か何かに違いない。似たような建物が固まっているのだろう、そうに違いない。野原は震える声で自分はビビリなのであんまり驚かせないで欲しい、とバックミラー越しに野口を覗く。

 薄紫色のワンピースをきた女の人がいる。あら、ごめんあそばせ? と野口はクスクス笑う。それで野原さん、と大きい、緑色の目で野原を見て、あなたのお家に行っても良い? と笑う。

 

 ぎゃあ、と野原は軽自動車から飛び出す。外は薄明るい。朝のようだ。野原は頭が真っ白になる。野竹が背伸びをしながら下りてきて、野原に声を掛ける。いや、悪いな、すっかり寝入ってしまった、詫びにメシは奢るよ、と横柄に言う。しかし、野原が反応しないので、首を傾げる。何か悪い夢でも見たか、二人でせっせとロッジを掃除したんだから、疲れたのだろう。それで狭い車内で寝たものだからそれで嫌な夢を見たに違いない。と野竹は一人納得しながら顔を上げて、それでようやく出立したはずのロッジの前の駐車スペースにいることに気付く。あれ? 夕方頃にはここを出たよな……? 気付かずにUターンでもしたか? いや、でも、あの山道を引き返せるような場所などあっただろうか? 実は運転していない? 運転していたのは夢? それにしては妙にリアルだったような? と自分の感覚と今置かれている現実との齟齬に首を傾げる。そもそも荷物を積んだよな、と後部座席を覗く。思わず声が出る。祠の前に置かれていた人形が座っている。おい、勝手に人の物を動かしちゃあ駄目なんじゃないのかよ? と野原に言う。そこでようやく野原は反応した。

 え、何の話だ。

 何の話じゃないよ、多分、ロッジの管理している人の物な

んじゃないのか?

 いや、だから、何の話だ?

 だから、後部座席の、人形だよ。

 野原はひゅうと呼吸を吸うと、悪い冗談はよせ、と言う。

 いや、冗談も何もそこに置いてあるぞ? と軽自動車の指差す。野原は深呼吸して、野竹に向き合う。

 今なら許してやる、と野原は言った。

 野竹は何の話だ? と聞いた。

 お前が仕組んだんだろ? と睨む野原にいや、だから何の話だ? 

 人形だよ! 俺を怖がらせようと持って来たんだろ!? と詰め寄る。

 驚きながら野竹は何でそんなことをしなくちゃならないんだよ? そもそも、ロッジで掃除をしている間、大体一緒に居たろ? あの祠に行くには玄関から出て、ぐるっと回るんだろうよ。それで後部座席に人形をおいて? お前の所に戻って来る?馬鹿馬鹿しい、斜面に建てられているから10分や20分でお前のところに戻って来れないだろ、そりゃあお前が騒ぐ姿は見たいけど、あの祠まで俺が行ける訳ない、とそこまで考えを巡らせてはたと野竹は止まる。

 あれ、じゃあ、誰が後部座席に乗せたんだ?

 野竹は野原を見る。野原は野竹を見る。

 お前じゃないんだな? と野原は言う。

 俺じゃないよ、と野竹は言う。

 お前じゃないのか? と野竹は言う。

 俺じゃないよ、と野原が言う。

 野竹は後部座席を確認する。しっかりと人形はある。

 野竹は引き攣りながら、どうやって帰る? と聞いた。

 人形を下ろして、出発すれば良い、と野原は軽自動車を見ないようにしながら言う。

 いや、こういう人形はもう下ろしても捨てても何時の間にか部屋にあるもの

じゃないか? と言って、はたと気付く。

 そういや1体だよな? もし、この人形が預かるってなるんなら、どちらかだよな? と野竹は野原の顔を伺う。

 野原は、自分は一人暮らしだ、2LDK風呂トイレ別、駅から徒歩20分築17年の賃貸で自分の生活だけで手一杯だ、とても呪いの人形を背負う余裕はない。それに比べてそこの男は雑草魂がある、今回の運転を引き受ける侠気もある。それに野竹は「野竹に構うと運が落ちる」と言われ疫病神として奉られている。今更呪いが一つ二つ増えた所で問題ないだろう。よって、引っ越すのであれば、野竹が良い。

 いやいや、家は汚いよ? トイレは共有、持ち回り清掃。風呂は無し。部屋は3Lと広いが、かなり散らかっている。後、でかいビルが建っているから日陰になっている。あのサイズの人形を置ける場所がないんだよ。壁も薄いから夜とかヘッドフォンしないと音が気になって眠れない。どう考えても、野原んちが良い。

 野原は泣きそうになりながら、頼むよ、引き受けてくれよ、と懇願する。そうは言ってもな……渋る野竹に野原は考える。野原は人生で今最も頭を回転させる。面白いぞ、とぽつり野原は言う。呪いの人形が部屋にあるんだぞ、この出来事と合わせて、大ウケするぞ。野原は野竹に語りかける。野竹は面白いたって限度があるだろ? と尚嫌そうな顔をする。モテるぞ? と野原は言い募る。「呪いの人形を持っている」と言えば釣られて部屋まで見に来てくれるさ、そうしてポルターガイスト? でも起こしてもらったら抱きついてくれる、お前の男らしさにきっと惚れてくれる。いや、モテるか……? と若干引き気味の野竹に野原は頼むよ! と手を取る。

 ふと、先輩の顔が頭に過る。さわさわと葉擦れが聞こえる。

「分かったよ」野竹は折れる。俺が引き受けるよ、野竹は笑う。野原は「ありがとう」と言った。自然と涙が零れそうになる。二人して固い握手をする。

 「野原さんが良い」と声がする。

 握手したまま固まる。

 「私、野原さんの家に行きたいわ」、軽自動車の窓から、人形がこちらを見ている。野原は自分の人生の終わりを予感する。野竹は意味のない言葉をしばらく言った後、ご愁傷様、と憐れみを込めて言った。互いに固く握った手を握りながら。野竹と野原はひとしきり笑った後、絶叫した。