記憶の隙間に挟み込む、花香の匂い。
ぐっと燻されたような渋味のある芳醇な匂いがぼおっと空間を満たしていた。
まるでウィスキー樽に浮かんでいるようだなと、骨に堪えるその花香の匂いを嗅いだ。
仕事から帰ってきて玄関を開けた時から、私の鼻孔を問答無用にひくつかせた。
はて、この匂いは何だろうか、と視線をずらすと、グロテスクなまでに美しい大輪の花が咲いていた。
その毒々しさ見た目と私が感じている主張の強い匂いが自然と一致して、匂いの正体が花の香りであることを感じられた。
随分と癖の強い匂いだな、と白い花びらを大きく開けたその花をじっと見た。
私は台所にいる母にあの花は何て言う名前なのか尋ねた。
カサブランカ、母はさらりと水道の水を流しながら答えた。
ああ、これがカサブランカか、と振り返って見る。
名前だけは何処かで聞いたことがある、花であることさえ知らなかったのだが。
私の脳内の隙間に、「カサブランカ」という名前だけが挟まっていたのだ。
その文字群に匂いの記憶が挟み込んできた。
何となく、品のある気がするのは、気のせいだろうか?
私の印象は幾分か変わってきている。
カサブランカについて記事にしようと考えた。
あの匂いを言葉にしよう、と試みた。
果たして、私は正確に匂いを写し取れただろうか?
カサブランカの花言葉は、「高貴」、「純粋」、「無垢」、「威厳」、「祝福」、「壮大な美しさ」、「雄大な愛」、「甘美」とあった。
私の記憶と照らし合わせてみても、合っているようにも感じるし、違うようにも感じる。
やはり、正確に写し取るには私は言葉を知らな過ぎるか。
記憶の狭間に挟み込む、花香の匂い。
強気で真っ直ぐと歩く大人の女性のような、力強い匂い。
あの匂いは、ひ弱な子どものような私には、ちと刺激が強い匂いだ。
カサブランカ、覚えておこう、その深みに嵌りそうな匂いを。