館に入る前の導入と、過去の始まり。
2、同、皮剥の館、玄関前。
(館の主、「九十九一」と先客「市ヶ谷輝信」がゲームを仕掛けてきた)
照明、背景緑。
雨羅、小夜、上手から舞台中ほどへ。
雨羅「ここじゃね?」
小夜「そのようね」
雨羅「いかにも、出そうだな」
小夜「そうね、いかにも出そうね、ゴキブリが」
雨羅「え?そっち?」
小夜「またはカプチーノが出そう。小さいプレートに乗せたケーキとかありそう」
雨羅「オシャレなカフェか。つーか、オシャレからは程遠い(ほどとおい)んじゃね?」
小夜「カプチーノの中にゴキブリが入ってそう」
雨羅「営業停止(えいぎょうていし)になるわっ!」
小夜「あれほど清掃(せいそう)を徹底(てってい)しろと言ったのに」
雨羅「経営者(けいえいしゃ)か」
小夜「ケーキにうっすら埃(ほこり)が積もってそう」
雨羅「何ヶ月放置(ほうち)してるんだよ、絶対スポンジぱっさぱさだろ」
小夜「あれほど清掃を徹底しろと言ったのに」
雨羅「経営者か。つーか、いつまで「オシャレなカフェ」を引っ張るんだよ」
小夜「そうね……雨羅はこう言いたいのでしょ。殺人鬼が出そうって」
雨羅「ごめん、そっちでもない。幽霊が出そうだなって」
小夜「ゴーストね」
雨羅「何で英語にした?」
小夜「館のイメージに合わせてあげたの」
雨羅「ああ、そう言われりゃあ、ゴーストって方がしっくりくるか?」
小夜「ええ、きっとそのゴーストはメイド服を着ている」
雨羅「お、友達に成れそう」
小夜「ずだ袋にするの?」
雨羅「小夜はあたしのことを何だと思ってるんだ?」
小夜「ずだ袋?」
雨羅「そうか。前向きに友達と思ってくれてると受け取っておくよ」
小夜「そうして?……さて、お仕事しますか」
雨羅「……そうだな」
仁科、ノエル、上手より上手側前へ。
ノエル「ねえ、本当にこの道で合ってる?」
仁科「そのはずだけど……お、めっけ」
ノエル「わあ……!すごい雰囲気あるね!」(雨羅、小夜、横目で仁科、ノエルを見る)
仁科「そうだな。噂(うわさ)に違わぬ(たがわぬ)雰囲気だな」
ノエル「何その言い方ー!ウケる!」
仁科「ぬはは、遠路(えんろ)はるばる来た甲斐(かい)があるというものよ!」
ノエル「(笑う)……でもぉ、本当に出るのかな、幽霊?」
仁科「さあなぁ?居そうではあるけど?」
ノエル「ねえ……本当に出たら、私のこと、守ってくれる?」
仁科「(ノエルの目を見ながら)ああ、必ず守るよ」
ノエル「順平……」
仁科「ノエル……」
小夜「面倒(めんどう)なのが来たわね」
雨羅「ああ、面倒なのが来たな。どうする?」
小夜「そうね、仕事前のウォーミングアップでもする?」
雨羅「ウォーミングアップね……仕事前から疲れたくねーな」
小夜「そうね。なら経過観察(けいかかんさつ)、使えそうなら使っていく」
雨羅「オーケー」
雨羅「こんにちは」
ノエル「(雨羅、小夜に気付いて)こんにちは」
仁科「(ノエルとほぼ同時に)こんにちは」
雨羅「もしかして、そっちも噂を聞いてきた口か?」
ノエル「あ、はい!そちらも……?」
雨羅「おう。あたしら以外にもいるもんだな、物好きが」
小夜「ええ、私たち以外にもいるものね、カフェイン依存(いぞん)の人が」
雨羅「どんな物好きだよ、つーかカフェイン依存が集まる噂ってどんな噂だよ」
小夜「埃がうっすら乗ったパンケーキがインスタ映えするって噂でしょ?」
雨羅「カフェイン関係ないし、映えないし、営業停止になるし、つーかカフェの下りまだ引っ張るのかよ」
小夜「ツッコミがくどい」
雨羅「うるせぇ」
仁科「あの、お二人はどういう……?」
小夜「ああ、申し遅れたわね。私は四辻小夜」
雨羅「あたしは六月一日宮雨羅」
小夜「私たちはオカルトが好きで好きで、三度三度の食事よりオカルトが好きな、オカルトにどっぷり浸かったオカルト沼の住人が集まったオカルトサークルのメンバーよ」
雨羅「くどい、オカルトサークルだけで良いだろ」
小夜「愛が伝わないじゃない?」
雨羅「伝える必要あるか?」
小夜「その愛があるから、噂に辿り着いたんじゃない!」
雨羅「別に愛がなくても辿り着けたと思うぞ」
ノエル「オカルト掲示板(けいじばん)ですよね!」
小夜「そう!「人喰い館」の噂!」
ノエル「山深くに一棟(ひとむね)の館あり。名を「皮剥の館」」
小夜「明治初期に建てられたとされるこの館には、血生臭い(ちなまぐさい)噂があった」
ノエル「その館では、毎夜、女性の皮を剥ぎ、女たちの怨嗟(えんさ)に塗れた(まみれた)叫びが響き渡っていた(ひびきわたっていた)」
小夜「館の主は、女たちの皮を剥ぐ度に狂喜(きょうき)し、女たちの叫びを曲解(きょっかい)し、地獄のような愉悦(ゆえつ)を貪り尽くして(むさぼりつくして)いた」
ノエル「館の主は、自分の死後も、この愉悦を手放したくなかった!」
小夜「ああ、おぞましいことにっ!館の主は館に呪いをかけ、女たちを魂(たましい)を館に縛り付けてしまった!」
ノエル「斯くして(かくして)、館には女たちの怨嗟の声が今なお響いている……」
小夜「最近、この噂とある一文(いちぶん)がオカルト掲示板に掲載される」
ノエル「「人食いの館」でゲームをしませんか?脱出できた方には1億円差し上げます」
小夜「直後に皮剥の館への地図と、1億円の画像が載せられる」
ノエル「果たして、掲載者の意図は?このゲームに乗る物好きはいるのか!?」
小夜「いたわね、ここに。お二人もオカルト沼の住人?」
ノエル「彼はオカルト好きって訳ではないんですけどね、私の付き添いです」
小夜「彼氏?」
ノエル「ええ、まあ」
雨羅「デートするには、ちと特殊(とくしゅ)過ぎねぇか?」
仁科「ノエルが、彼女がどうしても行きたいって」
ノエル「私の我侭(わがまま)でこんな所まで来てくれて、嬉しい」
仁科「ノエルのためなら、苦じゃないね」
ノエル「順平……」(仁科の見つめる)
仁科「ノエル……」(ノエルの肩をそっと寄せる)
小夜「なるほど、幽霊に視姦(しかん)されながら青姦(あおかん)する、中々に特殊(とくしゅ)な性癖(せいへき)ね」
雨羅「おい、オブラートに包め」
小夜「聞いてないから問題ないわ」
雨羅「あたしが聞いてる」
小夜「やっぱり問題ないじゃない」
雨羅「親しき(したしき)仲にも礼儀(れいぎ)ありって知ってる?」
小夜「そんな初心(うぶ)なねんねじゃあるまいし」
雨羅「言い回しが古い……で、置いてくか、アレ?」
小夜「心情(しんじょう)は理解するけど、連れてく」
雨羅「はあ…あーあ、めんどっちーなぁ……(仁科とノエルに割って入るように)お二人さん、良かったら、ご一緒に中に入りません?」
小夜「ここで知り合ったのも何かの縁(えん)、どうでしょう?」
ノエル「良いですね!人数多い方が楽しいですし!ね、順平?」
仁科「ノエルが良いなら、俺に他意(たい)はない」
ノエル「決まり!あ、忘れてた!(仁科をちらっと見て)自己紹介!私は八田神ノエル。で、こっちが……」
仁科「仁科順平って言います」
ノエル「です!よろしくお願いします、雨羅さん、小夜さん!」
雨羅「雨羅で良いよ。こっちもノエルで良いか?」
ノエル「あ、良いですよ」
小夜「宜しくね、ノエール」
雨羅「ピエールみたいに言うな」
小夜「あとそっちも。宜しくね、じゅんじゅん」
雨羅「距離の詰め方が独特過ぎるだろ。普通に呼べ、普通に」
小夜「これが!私の!!普通よ!!!」
雨羅「急にデカい声出すなよ、びっくりするだろ」
小夜「ねえ、普通って何?」(真顔)
雨羅「急に真顔になるなよ、びっくりするだろ」
小夜「そうね、行きましょ」
雨羅「何が「そうね」だよ、周りを見てくれ」
小夜「……びっくりしている?」
雨羅「びっくり通り越して、呆然(ぼうぜん)としてるんだよ」
小夜「何故かしら?分からないわ……」
雨羅「ボケ倒しているからだよ。分かっててやってるだろ?」
小夜「バレた、てへぺろ☆」
雨羅「急に媚びる(こびる)なよ、可愛過ぎてびっくりするだろ」
小夜「ちょっと、急に褒めないでよ。びっくりするでしょ」
雨羅「あたしは事実を言っただけだが?」
小夜「そうね、もう行きましょ」(そっぽを向く)
雨羅「おーい、照れてんのか?照れているのか?」
ノエル「ふふ、お二人は仲が良いですね!」
雨羅「まあ、こんな所まで連れ立ってくるくらいには、な?」
仁科「えっと、よろしくお願いします」
雨羅「おう。じゃあ、行きますか」
小夜「早くしなさい、置いていくわよ」(歩き出す)
雨羅「おい、コミュ症。一人で行こうとするな」
小夜「私は!コミュ症では!!ない!!!」(振り返って)
雨羅「デカい声で誤摩化そう(ごまかそう)とする辺り、コミュ症だろ?」
小夜「私は事実を言っているだけよ」(下手へハケる)
雨羅「どうだか……」(下手へハケる)
仁科、ノエル、下手へ続いてハケる。
②、(回想)皮剥の館。
(文月は九十九に新しく捕まえてきた「美田民子」に恋をした)
照明、全体を青にする。
文月、下手から舞台中央へ。
文月、ぼうっと立っている。
音響、館を歩く足音、次に鉄格子が開く音、そして、鉄格子が閉まる音。
美田民子N「……誰か、いるの?」
文月、ぼうっと立っている。
民子N「……ねえ?聞こえてる?」(文月の目を見るように)
文月、すっと視線を外す。
民子N「……初めまして。私は美田民子、よろしく、ね?」
文月、ちらっと見る。
民子N「……あなたの、名前は……?」
文月「……文月、巡文月……」(震える声で)
民子N「……良い名前ね……私、あなたと友達になりたいわ」
文月「……私は、一人が良い……」
民子N「どうして?」
文月「……仲良くならなかったら、辛くならないから……悲しくならないから……」
民子N「……そう……優しいのね」
文月「(急に大きな声で)優しくなんか!優しく、なんかっ……」
民子N「ねえ?私はあなたと仲良くなりたいわ。あなたの辛さも悲しみも分かち合いたいわ」
文月「……どうして?」
民子N「そうね、私は欲張りで、エゴイストだから」
文月、真っ直ぐ見る。
民子N「……綺麗……私、あなたが欲しくなっちゃったの、一目見てね……」
文月、息をのむ。
民子N「文月、私のものになって……」
照明、文月にスポットライト。
※歌2(民子N)
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一番はじめは一の宮(いちのみや)
二また日光中禅寺(にっこうちゅうぜんじ)
三また佐倉の惣五郎(さくらのそうごろう)
四また信濃の善光寺(しなののぜんこうじ)
五つは出雲の大社(いずものおおやしろ)
六つ村々鎮守様(むらむらちんじゅさま)
七つは成田の不動様(なりたのふどうさま)
八つ八幡の八幡宮(やはたのまちまんぐう)
九つ高野の高野山(こうやのこうやさん)
十で東京心願寺(とうきょうしんがんじ)
これほど心願(しんがん)かけたのに
浪子(なみこ)の病は治らない
ごうごうごうと鳴る汽車は
武男(たけお)と浪子の別れ汽車
二度と逢えない(あえない)汽車の窓
鳴いて血を吐くほととぎす
武男が戦争に行くときは
白い真白いハンカチを
うちふり投げてねえあなた
早く帰ってちょうだいね
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文月「ねえ、民子?やっぱり私、優しくないわ。あなたの笑顔を思い出す度に辛くなって、悲しくなって……ぜんぶ、忘れたくなるの。こんな私を、どうして、あなたは……」
文月、上手へハケる。