ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

1431(中途半端な文章寄せ集め)

下書き保存して、そのままにした記事が相当数ある。

あまりに中途半端なそれら記事、これから改めて書けるだろうか?

いつかは書く、と放置していつ書くのだろうか?

 

いや、いっそその中途半端なまま載せてしまうか?

当ブログの強みは「詰まらないことを延々と書く」こと。

中途半端でも構わない、なんて私に都合が良い詭弁だろうか!

 

中途半端な書き損じを載せるだけ。

分量が中々に中々だ。

量はあるのに、全部中途半端だから高ストレスがかけられる。

 

ご興味がある方は、続きより。

全部、中途半端なことは念頭に置いてください。

 

 

以下、引用で記載しておく。

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1、小説?

欲情は恐ろしい、ミゲウはスカイブルーの教会の前で立っていた。ミゲウは日系ブラジル人だ。ミゲウの祖先が遥か遠い日本からここブラジルサンパウロ州サントス港に来たのは1908年、もう100年も昔の話だ。ミゲウは自分のルーツについて考えた。

ミゲウの曾祖父キヨマサは7人家族の三男坊だ。生まれは長野県の山間地で、長男ハルチカの家族と共に農作物を生業としていた。しかし、貧困する村では弟妹たちを十分に食わせていけず、冬になれば東京に出稼ぎに出かけた。29歳の冬、東京。ブラジルへの移民事業を知る。日本政府のブラジルへの移民政策に活路を見出したキヨマサは、次男のユキチカとその妻タカ、キヨマサの妻ハナを説得し移民を決断させた。神戸港の船に乗る時には未だ産まれて5ヶ月のセイイチロウがいた。1910年5月、キヨマサ30歳のことであった。

希望を胸に訪れたブラジルで、しかし、キヨマサに待っていたのは過酷な労働であった。家族を養うためにコーヒー農園で働くが、炎天下の中荒れた土地を開拓して、石を拾い、やせ細った腕で鍬を振り下ろし、異臭のする部屋に戻って寝ることを繰り返す毎日。どうにか農園として形になったかと喜んだのも束の間、支払われる賃金があまりに少なく、何の為にここまで頑張ったのか解らなくなった。家に帰れば何も言わず一切れのパンと水をそっと置いてベッドに戻る妻に、何も声をかける事ができなかった。

このままでは一家全滅だと悟り、キヨマサはサンパウロへの夜逃げを決断した。他の移民達と結託し、新月の晩の暗闇の中駆け出した。 

 

 

2、さしすせそ作文の続き?

な、ないと困る映画の先行チケット、あった場所は彼奴の手の中。そして、彼女と映画館へ。

に、日本語が可笑しいと思う。何度も見返す。「私と別れてほしい」日本語が可笑しい。

ぬ、抜けていく、自分を支える力が、膝から下へ、重力にさえ逆らえない。

ね、願い事が3つ叶うとすれば、彼女の幸せと彼奴の破滅。そして、僕の片思いの行方を教えてほしい。

の、乗せていく、桜の花びらに、僕の青春の全てを。そして、卒業していく君を見送って。

 

は、花びらが緩く長い坂道を覆い尽す。樹木の影が冷たく暗い僕の影と交差する。

ひ、一眠りして頭の中はすこぶる良い。一年経っても胸の奥はくすぶる春。

ふ、沸騰した熱湯のような激情と共にスカートを翻して僕を蹴り飛ばした女の子。

へ、変な顔した僕に一気に捲し立てる女の子。誤解と分かると謝り続ける女の子に僕はまた変な顔になる。

ほ、僕の灰色な日常に一匙の彩りが甦った、後輩との出会いの一幕。

 

ま、毎日がゆっくりと融けていく、後輩の

未成年

目の前に

ものが

 

やはり

雪道には

良い

 

来世なら

利用

ルート

恋愛

朗読

 

解る

を、

ん?

 

 

3、昔の自分に会いに行った?

昔の自分に会いに行きました。

 

午後2時、春の陽気眩しい青空の下、私は美術館へ行きました。

碌山美術館、中学時代の母校横、穂高駅から徒歩5分程度の場所にあります。

木々に囲まれた空間は静謐で時間の流れがゆったりとしてます。

 

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荻原守衛

単純な荻原守衛の世界観がそこにあつた、
坑夫、文覚、トルソ、胸像。
人なつこい子供荻原守衛の「かあさん」がそこに居た、
新宿中村屋の店の奥に。

巌本善治の鞭と五一会の飴とロダンの息吹とで荻原守衛は出来た。
彫刻家はかなしく日本で不用とされた。
荻原守衛はにこにこしながら卑俗を無視した。
単純な彼の彫刻が日本の底でひとり逞しく生きてゐた。

――原始、
――還元、
――岩石への郷愁、
――燃える火の素朴性、

角筈の原つぱのまんなかの寒いバラック。
ひとりぽつちの彫刻家は或る三月の夜明に見た、
六人の侏儒が枕もとに輪をかいて踊つてゐるのを。
荻原守衛はうとうとしながら汗をかいた。

粘土の「絶望」はいつまでも出来ない。
「頭がわるいので碌なものは出来んよ。」
荻原守衛はもう一度いふ、
「寸分も身動きが出来んよ、追ひつめられたよ。」

四月の夜ふけに肺がやぶけた。
新宿中村屋の奥の壁をまつ赤にして
荻原守衛は血の塊を一升はいた。
彫刻家はさうして死んだ――日本の底で。

昭和十一年 高村光太郎 作

 

 

4、鬱について?

 

okjiten.jp

 

①「しげる(茂)」、「木が成長して、枝葉がたくさん生え出る」(例:鬱蒼)

②「盛んなさま(勢いがいいさま)」(例:鬱勃)

③「蒸す・蒸れる(風通しが悪く 熱気がこもる)」

④「熱気(湿度の高い空気)」

⑤「ふさがる」、「むすぼれる」

 ア:「ふさぐ」、「気がはればれしない」、「気がふさぐ」(例:憂鬱)

 イ:「激しく怒る」、「ひどい扱いをした相手に許さないと思い、嫌う
    気持ちを持ち続ける」

 ウ:「とどこおる(物事が順調に進まない)」(例:鬱血)

⑥「くさい」、「くさった臭い」

⑦「香草(よいにおいのする草)」(例:鬱金香)

⑧「にわうめ(バラ科の落葉低木。高さ1~2メートル。葉は狭卵形。
   春、葉に先だって淡紅色の花を開く。果実はほぼ球形で、夏に赤く
   熟し、食べられる)」 

 

 

 

「大地を覆う木の象形と酒などの飲み物を入れる腹部

の膨らんだふたつき土器の象形」(「柱と柱の間にある器」の意味)と「穀物

の粒と容器の象形とさじの象形と長く流れる豊かでつややかな髪の象形」

(「におい草」の意味)から、「立ち込めるよい香り」、「(よい香りが)ふさがる」

を意味する「鬱」という漢字が成り立ちました。


 

 

 

5、読みイベントの出来事?

2ヵ月前に「ちょっと出てみない?」と誘われて、灯りに引き寄せられる蛾のように、ふらりと参加を決める。

「日曜日の読み猫」は朗読オンリーのオープンマイクであることを最初に説明された。

その上で「漫画を紹介してよ」と提案されて、深く考えずに受諾する。

 

受諾してから、「漫画を朗読するとは何だろう?」と沸々と可笑しさが沸き出てきた。

言葉で心理描写や風景などを表す小説や詩とは違って、絵や漫画特有の擬音が加わり、大幅に言葉は削られる。

その漫画を朗読するとは面白い、と参加する前から楽しみにしていた。

 

2月25日日曜日、松本市の「想雲堂」に開演30分前に辿り着く。
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6、小説の出だし?

手元を見ては周りを見るを、三度繰り返した後、ハジメは首を傾げた。

 

7、三題噺?

お題[うさぎ、ジンジャーエール(辛口)、海]

 

夏が来た。

夏休み、先輩に誘われて海の家でアルバイトをすることになった。

 

「おはようございます!」

「おう!良く来たな!」

「今日は宜しくお願いします!」

「こちらこそな!」

 

ニカッと笑う先輩にドキドキする。

ここだけの話、私は先輩が気になるのだ。

熱くなった顔を隠しながら、エプロンを着ける。

 

先輩は鉄板の前に立ち、焼きそばを作っている。

ソースが焼けた匂いが立ち込めてくる。

私は外に看板を出し、海の家をオープンした。

 

まだ海開きをしたばかりで、人はまだらだ。

それでも、焼きそばの匂いに誘われて、1人、2人、海の家の暖簾を潜ってくる。

 

「すみませーん、焼きそば1つ」

「はいよ!」

「焼きそばをください」

「はーい!少々お待ちください!」

「すみません、飲み物は何がありますか?」

「サイダーとコーラ、ジンジャーエールの甘口と辛口があります!」

 

 

8、頭の柔らかさ?

kkperial2.com

 

画期的な信号機

信号機をなくす、GPS

 

薄い

元の物から薄くなる

鈴木さんだけの同窓会

 

 

9、報われる?

《ちゃんと働けば必ずいつか、報われる日が来る。報われなければ働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げだしゃいいんだ。だがいちばん悪いのは、人がなんとかしてくれると思って生きることだ。人は人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていればきっと誰かが助けてくれるもんだ》

 

 

10、Twitter企画の名残り?

人は一人では大きくなれない。

そんな当たり前のことをふと考えました。

小さい頃に手を繋いで歩いたあの人の顔は、どんなだったろうか?

 

物心ついてから、現在まで途切れることなく人の記憶は続いています。

連綿と続く記憶は、その人の人格を形作っていることでしょう。

こうして私がつらつらと書くのも、元を辿れば、記憶のお陰でしょう。

 

文章の行間に滲み出てくるのは、その人が歩んだ記憶の足跡です。

読みに来た人は、その足跡に自分の足跡を重ねる、そんな奇跡もあります。

道すがらの交差点、私の記憶と誰かの記憶が重なることがあるのです。

 

人は一人では大きくなれない。

そんな当たり前の、私の記憶が言葉を紡ぎました。

私があの人と繋いだ記憶は、誰かがあの誰かと繋いだ記憶なのです。

 

しかし、人は同じではありません。

一人では大きくなれない、つまり、自分以外の人間がいます。

自分以外の記憶がたしかにある訳です。

 

同じではない記憶、それは一体、どのような記憶でしょうか?

連綿と続く、この文章に答えは出せるでしょうか?

交差した人の言葉から、もしかしたら分かるかもしれません。

 

皆が経験した、あの記憶は?

皆が知っている、あの記憶は?

皆が重ねることができるけど、違う記憶の足跡とは。

 

例えば、こんな記憶はありませんでしょうか?

 

 

11、何かの数式?

a+5=c

b=c+3

a+b+c=25

 

a+b+(a+5)=25

a+((a+5)+3)+(a+5)=25

3a+13=25

3a=25-13

3a=12

a=4

 

c=4+5

c=9

 

b=9+3

b=12

 

12、何かの音について?

ファンファンな音

ゆっくり地鳴り

 

13、法則について?

花びらの枚数の増え方に法則があるらしい。

 

以上。

これで供養になれば良いのだが…