ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

【あなたが眠るまで。】その10

6.尚、闇は続く

 

「お兄ちゃーん」

遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。

カケルだ。

僕が弟だと思い込んでいた何かだ。

僕はぐっと息を飲む。

カケルは、ソレは未だ僕を兄と呼ぶ。

歯を食い縛らないと返事をしてしまいそうになる。

得体の知れない、ある種の妖怪のようなソレであることは分かっている。

分かっているが、先程まで幼い弟と信じていた僕は、弟ではないという事実を受け止め切れていない。

ソレと繋いでいた手の温もりを否定できない。

理性と感情が矛盾している、現実と解離した矛盾。

この空間そのものが現実と矛盾している。

あの木もあの空も朱い何かもミカヅキもカケルも、何もかもが現実ではない。

今までずっと感じていることだ。

しかし、すべては僕の網膜に映り、鼓膜を震えさせる。

鼻腔で冷たい空気を吸い込み、熱しられた空気を吐き出す。

最早、僕もこの異世界の一部であることも静かに脳の片隅で認めた。

「お兄ちゃーん、何処にいるのー?」

ソレが近付いて来ている。

ミカヅキを見ると陶器のように滑らかで青みがかった白い横顔は木々の奥をじっと睨んでいた。

やはり美しいな、と何度目かの場違いな思いを抱きながら、僕はミカヅキに尋ねた。

「これから、どうする?」

ミカヅキは一度僕をちらりと見て、視線を戻した。

「…ここが迷い人の入り口、人の世の境目、魔の力の終わり」

がざ、がざざ

…お兄ちゃーん…木々が擦れる音が強まってきた。

ミカヅキが僕の前に来た。

「つまり、別の場所に行けない」

がざ、がざざ

…何処にいるのー?

…先ほどより明瞭にこちらに来ているのが分かる。

「だから、立ち向かう」

がざ、がざざ…あ、そこにいたんだ…ミカヅキの視線の先へ僕は目を向けた。

木々の擦れた音の奥から、子どもの人影が見える。

「それに…」

がざざ、がざざざ

助けると約束した。

ミカヅキは多分そう言った。

最後の言葉は木々の擦れる音に紛れていたが、僕には、そう聞こえた。

木々の音が途切れた。

ゆっくりとこちらに来るソレは、急に明るい所に出たときのように目を細めた。

そして、僕の姿を認めると笑いながら言った。

「みいつけた」

その声は、その笑顔は無邪気だ。

とても無邪気だ、怖いくらいに。

ソレはケタケタと笑いながら近付いて来る。

「もう、お兄ちゃん。置いて行かないでよ?」

ミカヅキが一歩前へ進み出て、敢然とソレと対峙した。

そして、ミカヅキは僕にそっと告げた。

「…私の影の中へ」

僕はその言葉に聞いて、ミカヅキの影に身体を丸めて収まった。

ミカヅキの影は夜より尚深い黒で、灯りのない落とし穴のようだったが、影の外と隔絶しているようでもあって、その黒さが僕を幾許か安心させた。

僕はミカヅキの影は少しだけミカヅキの背からずれていて、僕からソレが見えた。

僕は可能な限り、身体を小さくして、ソレの視線から外れようとした。

ソレはすっと立ち止まると顔をしかめた。

街灯の下で羽虫の群れの前にしたような、嫌な者を見ているような顔だった。

「…またお前か。お前には用はないんだ」

声は、幼子なのにその声の質は冷たく、僕の背筋を凍らせた。

その声の冷たさにソレの正体が垣間見た気がした。

ミカヅキはソレに対してもう一歩前に進んだ。

ミカヅキは僕の返答の代理人だと言わんばかりに。

「…この人を返してあげて」 

ミカヅキは凛とした声でソレに応えた。

ソレは、ソレの顔が歪んだ。

般若の形相、と形容するのも憚れるほどに歪んでいた。

目や口の位置で顔と認識できるけれど、その位置に留まろうとし過ぎて歪になっているようにも見える。

そして、これは僕の目の錯覚であって欲しいのだが、空間も歪んでいる。

嗚呼、何て恐ろしいのだ。

ソレは幼子の振りさえ忘れている。

「お前は関係ナイ!」

ソレは怒りのままに叫んだ。

その叫びは大気を震わせるほどの大声と言う訳ではなかった。

しかし、腹の底でずしんと響くような声だった。

「オニイチャント、アソブンダ」

ソレは再び前へ進んだ。

キャンパスに無茶苦茶に塗りたくった油彩画の背景のように、ソレの周りの景色を混色させながら。

僕はミカヅキの影からその様子を見ていた。

ミカヅキが息を吸い込んだ音が聞こえた。

「苗を荒らす鼠よ、我の手の中へ、収まれ」

瞬間、金属を引っ掻くような甲高い音とソレの景色が爪痕のような黄金の三本線が入った。ソレは首を、首だけを後ろに回してその三本線を見た。

「アア、オマエ、カタイナカノマジョノ…」

ソレはぐるんと首を前に戻すとニタリと笑った。

何故だか僕はその顔を見て、この笑い方が似合っているな、と感じた。

先ほどから冷や汗が止まらないのに、頭の中は目の前の非現実を冷静に見ていた。

悲しみに似た恐怖への諦念が僕の神経を麻痺させていた。

「…次は当てる。この人を返してあげて」

ミカヅキはきっぱりとそう告げた。

その言葉が最後通告であるかのようだ。

ソレの顔が更に歪み、顔だったその枠内のパーツは渦潮を巻いているようにも見えた。ソレは何も言わなかった。

ミカヅキも何も言わない。

お互いに睨み合っている。

硬直状態、鉱物同士が擦り合う音が聞こえそうなほどの静寂が場を支配していた。

ミカヅキの表情が見えない。

僕はミカヅキの影に隠れているのだからどんな顔をしているのか分かる道理はない。

僕は、急に情けなくなった。

ミカヅキが僕を助けるのにどんな理由があったかは知らない。

けれど、今、ミカヅキは僕を助けようとしている。

僕を助けようと僕の前へ立っている。

それなのに、僕はどうだ?

ミカヅキに言われるがまま、ミカヅキの影に収まって、ビクビク怯えているだけではないか。

ミカヅキが僕を助けるのに理由は知らない。

だけど、僕がミカヅキの影に隠れて良い理由は、ない。

僕はミカヅキの影から出た。

影から出て、ソレと目が合った。

ソレの周りの景色が水滴を落としたように広がったかと思うと急激にソレの中心に向かい、ソレの顔は幼子の端正な顔になり、ソレの景色もまた元に戻った。

ミカヅキは僕が影から出てきたのを気配で感じているのだろうが、黙している。

ソレは僕に微笑みかけた。

「お兄ちゃん、こっちに来てよ?」

その一言で僕の膝は笑って動けなくなる。

だけど僕は、目を閉じ深く息を吸って、短く自らに問うた。

僕はどうしたい?

その答えは、もう決めている。僕は一歩前に進んだ。

「僕は、元の世界に帰りたい」

僕の望みはたったこれだけ。

他に何かを願っている訳ではない。

早く元の世界に戻りたい。

それだけ。

単純だけど強固なこの望みは、この異世界の否定だろうか?

違う、僕はただ、僕一人の足で踏み出さなければならない。

この良く分からない争いの始まりが僕ならば、この争いの終わりもまた僕が幕を下ろさなければならない。

ソレの返答を遅らせることでも、ミカヅキにすべてを投げ出すことでもなく、僕がどうありたいか、たったそれだけのことを答えとして言った。

たったそれだけのことにミカヅキの影の中で気付く僕は、きっと間抜けだろう。

だけど、不思議ともう怖くない。

身体中に張り付いていたあの恐怖はもう何処にもない。

僕は今しっかと立てている。

間抜けなりの矜持が僕の胸にある。

たったそれだけ、それだけで僕はソレと対峙した。

ソレの顔は無表情であった。喜びも悲しみも怒りもその顔には表れていなかった。

ミカヅキは、そっと息を吐いていた。

 

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【あなたが眠るまで。】その9

5.夜明け前に星は消えた

 

また元の場所に戻った。

僕は自分が寝ていた所の側まで行く。

足元は落ち葉や雑草があり、そこに僕が居た痕跡はなかった。

僕はミカヅキに聞かなければならない。

彼女は恐らく、この不可思議な事の顛末を知っている。 

「どうして、ここに?」 

「ここは迷い人の入り口、人の世の境目、魔の力の終わり」 

「…君の言っている事は僕にはよく分からないけど、ここに戻ったのには理由があるよね?」 

「そう、あなたはここに戻らなくてはならなかった」 

「どうして?」 

「元の世界に戻るために」 

「うん…それで、カケルはどうやって連れ戻すの?僕はどうすれば良いの?」 

「…まだ、思い出せない?」 

何を?

僕は何を忘れていると言うのだ?

今、カケルを助け出す話をしているのではないのか? 

「…今日のお弁当は、何だった?」 

「え?」 

「今日のお弁当のおかずは何だった?」 

「…それは、今聞かなくてはならないこと?」 

何で弁当の話になったんだ?

僕には全く分からない。

でも、ミカヅキは悪ふざけをしている訳でもなく、黄金色の周りを深い黒で縁取った眼で僕を見ている。 

「はい。今、答えて」 

「…今日は確か、からあげに、ミニトマトと…あとポテトサラダに、ひじきに海苔ご飯とその上にめざし、だったかな?」 

「それは何時見たの?」 

「何時って朝…ん?」 

僕は何時見たんだ?

でも、見た記憶がある。

何時だったか…?

 

よく、思い出せ…そう、家から出て、自転車に乗って、それで、高木神社に寄って、それで…それで、そこで僕は弁当を広げたんだ。あれ?でも、確か僕は家に忘れたとカケルが…カケル?何だ?かける?弟?え?そんな、でも、違う。何が?どうして?ウソだ、いや、でも。まさか、間違いだ。だったら?何時から?ない、カケルは、だから。え?僕は今、何を?でも、それが、何で? 

 

僕は、恐ろしく混乱しながらも一言言った。

僕は今どんな顔をしているのか分からない。

自分の中にあったカケルが得体の知れない異物に変わっている。

 

「…カケルって、誰だ?」

 

僕には、弟なんて居ない。 

でも、じゃあ、カケルはダレだ? 

ミカヅキは変わらず僕を見ている。真っ直ぐに、真っ直ぐに…

彼女の瞳に僕は今、どう映っているのだろうか?

さっきまで僕と一緒に居た、『カケル』と名乗る、正体不明の存在に、僕は弟と思い込んでいた。

どうして、そんな思い込みをしたのだろうか?

いや、思い込まされたのか?

冷静になるにつれて薄い紙で指を切るような怖気に肌が泡立ち、震えが止まらなくなりそうだった。

不意に両手を温かく包まれた。

何時の間にか固く握られた僕の両手にミカヅキが手を添えたことが分かった。

「僕が、何をしたっていうんだ?」

鬱蒼とした木々、木の化け物たち、出られない鳥居の中、『カケル』と名乗るモノ、朱い何か、それらすべてを僕は知らない。

青信号を渡っていたら、トラックに跳ねられてしまうような理不尽さに僕は泣きたかった。

声を出してみっともなく泣きたかった。

それでも、一寸前でぐっと堪えると、ミカヅキの顔を見た。

「教えて欲しい。僕は、何に巻き込まれたんだ?」

 

「あなたは、高木神社に立ち寄った」

ミカヅキが淡々と語り始めた。

その透き通った語り声に僕はやはり彼女のことを『美しい』と思った。

「あなたは、高木神社でお弁当を食べた。何時ものように」

そう、僕が何時も高木神社に立ち寄るのは、早弁をするためだ。

学校で何時も食べるメンバーでは、購買でパンを買っていて、僕だけが弁当だと購買に行かない分、疎外感を感じそうで嫌だった。

授業中に食べている連中もいるが、僕には憚れた。

弁当を捨てる、と言うこともできなかった。

だから、朝早くに高木神社に立ち寄って、弁当を平らげるのが、僕の日課になっていた。

「そこに、良俗を乱す人間が現れた」

良俗…?

あ、そうだ。

柄の悪い人が5人、高木神社に来たんだ。

滅多に人が来ない場所だし、周りをぐるっと木々に囲まれて、外からは様子が伺えない。

僕のような隠れて食べる人間には打って付けだが、それは世間一般で言う不良にとっても同じ事だろう。

僕からはよく彼らが見えたが、彼らからは僕は茂みに隠れていて見えなかったろう。

「彼らは煙草を吹かし始めた」

学生が人に見られたくないことと言えば、煙草の喫煙だろう。

学校のトイレや同じ仲間の家などで吸っているとは思うが、神聖な神社でしかもこんな朝早くから吸っている様子に呆れたのを覚えている。

「彼らは近くに居た猫を虐めた」

そうだ、彼奴ら、猫に小石を投げ始めたんだ。

猫はよくこの高木神社で見かける綺麗な黒猫で、僕の秘密を知っている友達だ。

「あなたは猫を庇うと、彼らは怒り、あなたは殴られた」

猫に小石を投げるのは止めろと言った。

急に現れた人間に最初困惑した様子だったが、相手が一人で、喧嘩も強そうに見えなかったのだろう。

さながら暴走するベンガルトラように気炎と咆哮を上げながら顔面すれすれまで近づいてきた。

僕は、普段喧嘩なんかしない。

無骨な掌が僕の肩に置かれたときは、思わず肩が跳ねた。

怖かった。

でも、それ以上に許せなかった。

僕は、猫に小石を投げるのは最低の弱い奴がすることだ、と言った。

そうしたらいきなり殴られて…

「あなたは倒れた」

そう、僕は倒れた。

その後の記憶はない。

そして、目が覚めたら、異空間である。

話の前後がまるで繋がらない。

浦島太郎になったような気分だ。

いや、僕が倒れた、つまり、僕の意識がない間に何かがあった、のか?

彼女に視線を戻すと、僕が飲み込むのも待っていたようであった。

彼女は再び語り始めた。

「彼らは、声をかけられた」

「彼らは、ソレを招き入れた、神の領域に」

ソレ…ソレとは何だろうか?

高木神社の外から来たであろうソレに、彼らは何も感じなかったのだろうか?

「ソレは…ただ、遊びたかっただけ」

「ソレは、遊び相手が居なくならないようにした」

彼女は少し目を伏せながら、淡々と続ける。

「ただ、彼らは遊び相手をすれば良かった。ソレは彼らを…何れは帰してくれたはず」

「だけど、良くないことが起きた」

彼女はそこで一度言葉を切ると、息を深く吸い込んだ。

「彼らの煙草が雑木林で火の手を上げた」

「あなた達の言う、神が怒った」

「神は、神隠しをした」

「彼らとソレは閉じ込められた。…あなたと共に」

彼女はそこまで少し早口で話すと、そっと僕の手を握り直した。

それは知らない商店街で迷子になった幼子のあやすようだった。

目頭が熱くなり、僕は眉間に力を入れた。

「そして、彼らは神の怒りを知った」

嗚呼、聞きたくない。

彼らがどうなったかなんて僕は知らない。

知りたくない。

だけど、否応なしに想像してしまう。

彼らは、この鬱蒼とした木々で世にも恐ろしい怪物と出くわしたのだろう。

そして、きっと、彼らは二度とこの異空間から出ることは叶わないだろう。

「彼らは、運がなかった、とても」

そして、僕の吐き気を催すようなおぞましい想像を首肯するように、彼女はためらいがちにけれど、はっきりと言った。

「あなたも、運がなかった」

『運がなかった』、僕が居る意味不明な空間、意味不明な物体、意味不明な現象、それらすべてを『運がなかった』と。

僕は猫を助けようとした。善行をしようとした。

それなのに何故僕はこんな所に居るのだろう?

『運がなかった』、彼らも僕も『運がなかった』。

行き場のない怒りや悲しみが頭からつま先までぐるぐると渦巻きながら僕の身体中を駆け巡り、底冷えするような恐怖が僕の身体を覆った。

何で僕なんだ、何で…

「だけど、あなたには、私が居る」

だけど、僕の両手のぬくもりがねばつくようなベールを通り抜け、荒れ狂う濁流を越えて僕の心の臓に届いている。

そのぬくもりが、僕のなけなしの勇気を奮い起こしてくれる。

「大丈夫、必ず戻れるから」

もしかしたら、彼女もカケルと同じように僕を騙しているのかもしれない。

だけど、とても僕にはそう思えなかった。

彼女の手や目や声に僕を案じている、そう感じた。

いや、信じ込もうとしているだけかもしれない。

彼女が、ミカヅキが僕には最後の希望だった。

 

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【あなたが眠るまで。】その8

がやあー、がやー

僕の耳にあの朱い何かの鳴き声が届いた。

空を見上げてみたが、ここは葉と葉の隙間さえないのか朱い何かは見えない。

ただ、人の神経を逆撫でるような鳴き声だけが聞こえて来る。

僕はあの朱い何かが僕の前に現れるのは何故なのだろうと、頭の片隅で考えた。 

僕の眼前ではカケルとミカヅキが相対している。

その空気は緊迫していて、僕が入れる余地はなさそうだ。

僕はこの何もかもが異常な空間の中で何も出来ない木偶の坊だった。

僕が鳥居の中に入るのかどうかの話をしているのに、僕は事の成り行きを見守ることしか出来ない。

一人ぽっかりとした穴に取り残されたかのように、僕は突っ立っていた。

がやあー、がやあー

朱い何かは僕の上を嘲笑うかのように鳴いている。

僕は本当に何もしなくても良いのだろうか?

と、カケルが空を仰いだ。

そしてへの字に口を結んだ。

カケルにもあの朱い何かの鳴き声が聞こえたのだろうか?

ミカヅキも空を仰いだ。 

「…話す時間もなかったみたいね」 

ミカヅキはそう呟くと、僕の方に振り向いた。

話す時間がなかった?

どう言う事だ?

ミカヅキは僕の手を取ると僕の目を見た。

このまま鳥居の中に入るのだろうか? 

「逃げますよ」 

ミカヅキはそう言うと僕の手を引っ張って、社から離れていった。

え、逃げる?

カケルは?

僕は咄嗟に彼女の手を引っ張った。 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。カケルは?鳥居の中に入るんじゃないのか?」 

「…その話は後で。来ます」 

何が?

と僕が問おうとした、次の瞬間。

僕の周りを取り囲んでいる木々の中からあの、木の怪物が現れた!

しかも、一匹、じゃない。

二、三、四、五…数え切れないほどの木の怪物が群れをなして押し寄せてくるではないか!

ミカヅキは僕の手を再度握り直した。 

「…必ず助けるから。早く」 

僕は握られた手を見つめながら、考えた。

僕がここに残ってもあの木の怪物を倒せない。

鳥居の中に入れば出られない。

ミカヅキに付いて行くしか、助からない。

愚か者の僕はここに来てようやく、僕に残された選択肢は今一つしかないことに愕然とした。

「カケル…」 

僕は、続く言葉を心の中で呟いた。

カケル、ごめん。

必ず助けに行くから…僕はミカヅキの手を握り返した。 

「…分かった。行こう」 

ミカヅキは僕の言葉を聞くと、深く息を吸った。 

「…稲穂を揺らす風よ、重い袋を両の手に、我を立たせよ」 

ミカヅキはそう唱えると前へ動いた。

すると、彼女と僕の身体は鳥のように宙を飛び始めた。

木の怪物たちは一斉に僕らに枝と言う枝をしならせながら伸ばして来る。

彼女は木の怪物達の枝や葉の間をすり抜けて行くと、木々の中へ飛び込んで行った。 

「お兄ちゃーーん!」 

遠くでカケルの声が聞こえる。

あの朱い何かと木の怪物たちの中、独り残して。

 

幾千の木々の間を鷹のように飛び抜けて行く。

新幹線の外の電線のように木々が蠢きながら後方へ去って行く。

僕の意識は遥か彼方へ置いてきたままだ。

ミカヅキが僕を鳥居から引っ張り出した時、僕がカケルの手を離さなければ。

何であの時、手を離してしまったのだろう?

僕の中にあるのは後悔と責念の想い。

僕は川の枯れ木に引っかかった紙のようだった。 

ミカヅキの手はそんな僕の手をしっかりと握っていた。

彼女は一度もこちらを振り向かないが、たおやかな手からは彼女の意思、決して離すまいとする想いが感じられた。

それはあの時に僕が出来なかったことを彼女がしているようで、僕はより自分を責め立てられる気持ちと、その握られた手に救われるような気持ちの間で、僕は揺らいでいた。 
幾許か過ぎた頃、ミカヅキは下に降下して行った。

と、急に視界が開けるとぽっかりと空が明いた場所に出た。

ここは…僕が倒れていた場所?

上を見上げると木々と空がはっきりと分かれている。

社の時は葉の陰と空の闇との境目が分からなかった。

朱い何かも見えなかった。

でも、ここははっきりと空と木が分かれている。

そうだ、この場所だ。

この場所で僕は居ようとしたんだ。

そして、僕がどうしてここに居ようとしたのか、今分かった。

あの時は空を葉が覆っているのかと訝しんでいたが、実際はこの目で空と木々を区別が出来ていたのだ。

木々の中に入れば何処まで行っても木々の中で区別がつけられなかった。

だから、あの時動きたくなかった。

この場所は僕の目に確かに木の一本一本の違いが分かる場所だ。 

彼女はここに連れてきてどうするつもりだろう?

僕が最初に居た場所で何をするつもりなのだろう?

静かに地面に着地をしゆっくりと立つと、彼女の手は僕から離れていった。

そして、彼女は僕に向き直った。

空の暗さを映しながら。

 

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【あなたが眠るまで。】その7

4.とおりゃんせ、とおりゃんせ

 

不思議と身体全体を覆っていた浮遊感はなく、地に足が着いている感触が僕を落ち着かせた。

いや、彼女の一言で僕にかかっていた霧が取り払われたから、何となくそう思えた。

しっかと真っ直ぐ立てていると言うのは、こんなにも勇気が出るものだろうか。

僕はすっと身体を天に向かって伸ばすと、彼女の顔を見た。

「ありがとうございます。大分落ち着きました」 

「そう…確かにさっきよりは良いみたいね」 

彼女は僕の目を覗き込むと、そう一言言った。

その言い方は僕を操る何者かが隅に追いやられているのを見ているようだ。

そして、僕の中にある弱々しい自分の姿を見透かされているようでもあった。

ただ、恥ずかしいと言う感情よりも、僕は穏やかな気持ちが勝った。

それは彼女の目に映る優しさを僕は知っている気がしたからで、内心首を傾げた。 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」 

カケルが叫んでいる。僕はハッとなって社に身体を向けた。

カケルは道半ばの所で立っていて、必死に僕の名を呼んでいる。 

「お兄ちゃん!何しているの!?早くこっちにお出でよ!」 

「カケル!そっちは駄目だ!そっちには行ってはいけない!」 

僕は喉に張り付いていた言葉の端をカケルに訴えかけた。

それでもカケルはその場から動かない。 

「何で!?お兄ちゃん、こっちに来てよ!」 

カケルは今にも泣き出さんばかりに僕を見ている。

カケルはどうしてそんなにもそちらに行きたがるのだろうか?

カケルは何か知っているのだろうか? 

「そっちに行っては、駄目」 

僕の横に立つ彼女はそっと僕に言った。

彼女の言葉は僕の胸に静かに入ってすっと溶けていく。

彼女も僕と同じ思いなのだろう。

でも、この人は一体何者なのだ? 

「お兄ちゃん!こっちだよ!」 

「駄目。鳥居の中は危険よ。離れて」 

カケルの声と彼女の声が僕の周りを取り囲む。

一体今何が起こっている?

僕は突然の二択に困惑した。

どちらかを選ばなくてはならない。

しかし、どちらを選べば良いのだろうか?

がやあー、がややあー

そうして僕が決めかねている間に、朱い何かがまた鳴きながら、こちらに向かって来ていた。

カセッ、カサカス 

乾いた木の葉の音が石畳の上を転がって行く。

その木の葉はカケルの足に当り、動きを留めた。

社に吹く風はその木の葉を絡めとると、木の葉は深い闇の中に吸い込まれて消えていった。

しかし、カケルは木の葉の行方など気にも止めず、僕を呼んでいた。 

「お兄ちゃん!こっちに来てよ!どうして、こっちに来ないの?社に行こうって言ったのはお兄ちゃんでしょ?!早く、早くこっちに来てよ!!」 

「カケル!兄ちゃん、社に行こうって言ったよ!でも、何て言ったら良いか…その社は変だ!そっちは、危ないんだ!だから、こっちに戻って来い!」 

「何で?何で、変なの?僕、分かんないよっ!お兄ちゃんがこっちに来てよ!」 

「それは…兄ちゃんも上手く言えないんだ。兎に角そっちは危ないんだ。カケル、良い子だから、こっちに来なさい。」 

「だったら、お兄ちゃんが僕を迎えに来てよ!そしたら僕もそっちに行くよ!」 

カケルはそう言って後ろを向いた。

何が原因なのかさっぱり分からないが、カケルは意固地になっている。

どうして僕の言う事が分からないのか、僕は苛立ちながら、それでもカケルを迎えに行こうと鳥居の中に足を入れようとした。

その時、僕の横にいる彼女はそっと僕の手を握ると、すっと後ろに引っ張った。 

「駄目。いけないわ」 

「…でも、弟を連れて来ないと。カケルは僕が迎えに行けばこっちに戻ると言ってます」 

「駄目。あなたがしようとしていることは間違っているわ」 

「間違っている?ただ弟を連れて来る事が?」 

「…この鳥居には迷い人を誘い込むとても古い呪詛が張り巡らされているの。迷い人が入れば、こちらとそちらの境目が無くなって、閉じ込められる。ここに入れば、あなたは出られない」 

「は?じゅそ?境目が無くなる?君は何を言っているんだ?」 

「私の言葉が分からなくても、本当はあなたも分かっているはずよ。鳥居の中にあなたは、入ろうとしていない」 

二の句が告げられない。

彼女の言う通り、僕は臆病にも鳥居の外からカケルを呼ぶだけで、鳥居の中に入ろうとしていない。

それが事実だ。

だが、僕は彼女の言った現実に耐えられなかった。

僕は今まで募っていた苛立ちを彼女にぶつけた。 

「じゃあどうしろって言うんだよっ!!カケルはもう、中に入っちまったんだっ!!どうすりゃ良いって言うんだよっ!!」 

「落ち着いて。…あなたはどうやって鳥居の外に?」 

…そうだ、僕を引っ張ったのは一体誰なのか、そして、その人物は僕の目の前にいる。

彼女は変わらず真っ直ぐに僕を見つめるとこう告げた。 

「私は呪詛の解き方を知っている」 

「…君は一体、何者なんだ?」 

僕はほとんど無意識にその質問をした。

彼女は一度目を伏せるとぽつりとつぶやいた。

それはコップに滴が落ちた音ほどの静けさで。

「…ミカヅキ、私の名はミカヅキ。それしか言えない」 

彼女はそう言うと、そっと顔を上げた。

その目には、彼女の名のように細くも明るい三日月の淡い光のような優しさが感じられた。

 僕が鳥居の中に入れば、この異空間から抜け出せなくなる。

それは呪いだか何だかのオカルトめいた力の所為で、僕がカケルを助け出す事は不可能らしい。

でも、彼女は、ミカヅキはこの中に入っても鳥居の外に出られるらしい。

つまり、ミカヅキならカケルを助けられると。 

何だか都合の良い話だ。

カケルを助けたい。

でも鳥居の中には入りたくない。

そんな僕の醜い願望を叶えてくれる人がいる。

作り話ならあまりに稚拙なことこの上ないが、僕はその作り話に卑怯にも縋ろうとしている。

自分の嫌らしさを自覚する他ない。 

ただ、それとは別にミカヅキを僕はほとんど無条件で信頼していることに少なからず疑問を感じていた。

彼女自身がすでにオカルトだ。

こんな容姿を持った人間が居ることを僕は未だに信じられない。

そもそも、彼女が僕を助ける動機さえ分からない。

なのに、ミカヅキの言葉を僕はすんなりと聞いている。

今さっき会ったばかりの女性の突拍子も無い話を僕は根拠もなく信じている。

一体どうしてだろうか?

もしかしたら、彼女はあの木の怪物の手下ではないか?

いや、それはない。

ミカヅキからはこの空間に在る不気味な圧力を感じない。

僕が感じるのは、僕を心配する気配だけだ。

それは姉が弟を見守るような温もりのあるものだ。

そうだ、彼女は始めから僕を知っているようだった。

そして、僕も、彼女を、知っている? 

「私がカケルくんを呼ぶわ」 

ミカヅキが僕にそう言った。

僕はどうして、と言おうとして、止めた。

彼女の目はとても真摯に僕を見ていたから。

考えるのは、今はよそう。僕は彼女の目を真っ直ぐに見た。 

「お願いします」 

彼女は一つ頷くと、カケルと向き合った。

その時見た彼女の横顔は、やはり『美しい』と思えた。

ミカヅキは僕と入れ替わるように鳥居の前に立った。

彼女の長い髪の先が風でなびいている。

その様子は戦場に向かう女神像を思わせて、僕は彼女の後ろ姿をまんじりと見つめた。 

「カケルくん。こんにちは」

ミカヅキはカケルに声をかけた。

カケルはこちらを向く。

その顔は不機嫌に顔を歪めている。 

「お前は、誰だ」 

声はカケルの声だ。

しかし、その声音は敵意に満ちている。

あんな乱暴な言葉遣いを僕は聞いた事がない。

弟のこんな様子を見たのは初めてで、僕は心臓が跳ね上がったのを感じた。 

「…私はミカヅキと言います。」 

「名前なんて聞いてない!『お前は誰』だ!」 

「…私の名以外は、言えません」 

「何で?!『お前は誰』なんだ!」 

「答える事は出来ません」 

「答える事が出来ないのって、隠し事があるからでしょ!お兄ちゃんを騙してるんだ!」 

「いいえ、違います。私は彼の味方です」

「ウソだっ!お兄ちゃん!そいつの言う事を信じちゃ駄目だよ!」 

「…カケルくん。私がそちらに行きますので、こちらに来ましょう」 

「嫌だ!僕は絶対にそっちに行かない!お兄ちゃんが来てよ!」 

「なら、彼と一緒に私もそちらに行きます」 

「!何でお前も来るんだ!お前は来るな!」 

「良いんですか?私を拒めば、彼はそちらに行きませんよ?」 

そう言われたカケルは息を短く吸うと、怨敵に巡り会ったかのような顔つきでミカヅキを睨みつけた。

当のミカヅキの表情は分からない。

が、先程の声の調子は何所か挑発的で、カケルをわざと怒らせているようにも思えた。

そして、彼女は揺るぎなく前を見据えていて、カケルの眼差しを一身に受けているようであった。

 

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【あなたが眠るまで。】その6

カケルの手に引かれながら僕は道なき道を歩く。

カケルの目には社の姿がはっきりと見えているかのようだ。

それは幻想かもしれないと疑う様子もなく、闇に潜む蛇や鬼に怯えることもなく、その足取りは無邪気なほど軽かった。 

「お兄ちゃん、もうお弁当を忘れちゃいけないよ?」 

僕よりも先に歩くカケルはちょっと生意気そうにそう言った。

兄の手を引いて歩いているのがカケルは誇らしかったのだろう。 

「もう、お弁当を忘れちゃうなんて。お母さん言ってたよ。『だからもっと早く起きなさいってあれほど言ったのに』って」 

「はいはい…そう言えば、その弁当は?兄ちゃん起きたとき、弁当らしき物を見た気がしないんだけど?」 

「ん?…えっと、ふわってなった時はあったよ?それで…あれ?どうだったっけ?」 

カケルは眉間に皺を寄せて考え始めた。

この様子だと何所かに落としたのだろう。

落ちた拍子にカケルの頭からすっぽりと抜けたに違いない。

僕は思わず笑ってしまった。 

「カケル、もしかして、何所かに置いて忘れているんじゃないのか?」 

「そ、そんなことないよ!ちゃんと持って来たもん!えっとね、えっとね…」 

「ああ、悪かった悪かった。兄ちゃんがきっと見落としてたんだ。カケルはちゃんと持って来たもんな」 

「…うん、ちゃんと持って来たよ?」 

カケルは首を傾げながら愛嬌を振りまく。

全く、仕様がない奴だ。

でも、カケルの足は歩みを止める事なく動き続ける。

弁当を忘れたのに、社の方向は覚えているのも何だか笑えた。

一瞬、不安がよぎる。

本当に大丈夫だろうか?

それでも僕の足は夢の中を歩くようにふわふわとしながら、カケルの手に引かれていた。

月の上を歩く時はこんな感じなんだろうか。

一歩踏み出す度に身体の芯がぐらついて、一度身体が沈む。

その足を引き上げると今度はバルーンで身体が引き上げられるように浮かび上がる。

頭もどうもぼんやりしている。

さっきから僕は夢の中を歩いているようだ。

まるで覚束ず、カケルに手を引かれるがままだ。

思いの外体調が優れないのかもしれない。

カケルが来るまで僕は倒れていた訳だから、僕の身体が不調を来していても何ら可笑しくない。

しかし、何もこんな時に崩れなくても…僕は自身の身体の弱さを静かに呪った。

「お兄ちゃん、もうすぐ、社だよ」 

カケルが僕に声をかける。

でも、今カケルがどんな顔をしているのか、ハッキリと見えない。

社が見えたのだろうか?

本当に社なのだろうか?

このおぞましい場所から出られるのだろうか?

嗚呼、駄目だ。

僕は巨大なパズルの箱の中に居て、その箱を思いっきり振られているようだ。

1ピースづつは目に飛び込んで来るが、そのピースは凄いスピードで僕の前を通り過ぎ、それが何なのか把握できない。

この箱は振られ続ければ、何時か全てのピースが嵌るなんて奇跡が起きるかもしれないが、それが到底叶わない夢物語である事を僕は知っている。 

「お兄ちゃん、ほら!着いたよ!」 

顔を上げると、確かにそこは社があった。

しかし…何かが変だ。

まず、紅い鳥居が連なっている。

いや、お稲荷さんが祀っているなら、紅い鳥居が連なっていても別段変じゃない。

でも、高木神社にお稲荷さんはあっただろうか?

それに、鳥居の数が尋常じゃない。

僕の居る所から社までの間に百は優にあるように見える。

それに、社もそれなりに離れているのに闇に浮かび上がるようにしっかりと僕の網膜に映っている。

青白く光っているようにさえ見えるのは幻覚か?

決定的なのは、社に向かって風が吹き込んでいることだ。

かさかさと葉が転がりながら鳥居の中へ中へと迷い込んで行くのを見て、僕は直ぐにここから立ち去らなければならない、と強い危機感と共に僕は立ち止まった。

「お兄ちゃん、どうしたの?早く社に行こうよ?」 

カケル、そっちは駄目だ!

僕は必死になってカケルに言おうとした。

しかし、僕の意識とは裏腹に僕の足は進み始めた。

カケルの手に抗う事もせず、僕の口は上手く開かない。

駄目だ、カケル、そっちは駄目だ、帰れなくなる… 

「そちらに行っては駄目!」 

誰かの声がした。

と同時に僕の襟を誰かが掴むと、思いっきり後ろに引っ張られた。

カケルとの手と僕の手が離れながら。

 

CMの終わりから今まで見ていた番組が始まるまでの一瞬の間に細切れにされたCMが流れるように、視界がカケル、鳥居、木々が通り過ぎた。

僕が尻餅を着いて、目を閉じて、再び開けるまで、僕は手の感触を探していた。

しかし。

カケルの手は僕の手から離れ、鳥居の中にカケルは立っていた。

しまった、手を離してしまった!

僕は自分がしてしまったことに激しく後悔した。 

「カケル!待っていろよ!」 

僕は必死にそう叫ぶとその場から立ち上がろうとした。 

「落ち着いて」 

また何所かから声が聞こえる。

女性の声だ。

その声の主か、僕の両肩に手が置かれると僕は情けなく地面にへたり込んだ。

そうして肩に置かれた手は何も言わずにそっと離れた。

僕はその時になって初めて後ろを振り返り、声の主を認識して、驚いた。

美しい女性だった。

そう、『美しい』と言う形容詞そのものだった。

肌は今まで見た白よりも白く、人の肌と思えなかった。

目は満月のような輝きを放ち、唇は薄い紅を差したかのような淡い色をしている。

黒い髪は腰ほどに伸び、身体は凛として背筋を伸ばしている。

腕や足は細く、指はしなやかな線を描いている。

格好は黒のセーラー服を着ていたが、首元の赤いスカーフや長いスカート、黒のハイソックスに革の靴まで、何所か彼女の身体に寄り添うようにぴったりとくっついているようだった。

鼻も耳もどの部分を見ても個性的に主張していて、しかし全てが調和し、洗練して彼女を形作っている。

彼女は大人びていて、可愛らしくて、妖しくて、無邪気そうで、なまめかしくて、あどけなくて…僕の少ないボキャブラリーではとても言い尽くせそうになく、ただ『美しい』と言う言葉を体現したようなその人は、僕の横で静かに立っていた。 

「落ち着いて。まずはゆっくりと立ち上がるの」 

異空間に存在するその『美しい』は小さくも透き通るような声で僕に言った。

その言葉は妙な説得力を持って僕に訴えかけ、僕はその声に従った。

 

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