ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

1233

テレ稽古終わりに雑談をした。

その時の流れで私の恋愛の是非について話になった。

私には恋愛は厳しい、難しい、不可能ではないかという認識に噛み付かれた。

 

特に副主宰は私に恋愛をさせたいようで、私に熱弁していた。

私としては恋愛ができるとは到底考えられないのだが、周りはむしろ恋愛ができないと考える方が変らしいのだ。

不思議ではあるが、どうも恋愛は普通にできるものらしい。

 

今年で34歳になるが、恋愛らしい恋愛経験はほぼない。

普通に日常生活を送っていけば、恋愛経験の1つや2つはあるのだろうか?

周りの反応から如何に普通から逸脱していたかよく分かる。

 

何度か似た話を経て、「世界の何処かには私のことを好きになってくれる人がいる」ということは承知している。

広い世界なので、私のような面倒な人間を好きになってくれる人もいるだろう。

しかし、その人物と出会えるかどうかは別問題だ。

 

更にその人物と出会えても私と恋仲になるかも別問題だ。

その人物が私のことをずっと好きでいてくれる保証もない。

私がその人物を好きになれるかどうかも無視できない問題だ。

 

恋愛の経験をした方が良い、というのは分からなくもないが、今から私と恋愛の場に行ける気がしない。

むしろこの歳なら恋愛より結婚を視野に考えた方が現実的だろう。

しかし、結婚となれば両家家族や私と相手の生涯設計などもっとハードルが上がる。

 

婚活イベントは行ってみたいが、冷やかしになりそうだから参加しづらい。

飲みイベントには行っているが、付き合ってみませんか、などナンパするのは違うような気がしてならない。

むしろ、どうしたらそういう恋愛の経験を積めるのか、恋愛するのが普通なのか、全く分からない。

 

副主宰は「カツ丼を食べなくても大丈夫だけど、カツ丼の美味しさを知って欲しい」と例えて言った。

私は「白米に卵と醤油でも美味しい、それだけで十分ではないのか」と返した。

平行線を辿っている、現実味が無さ過ぎて分からない。

 

私が行動を起こしていないからだろうか?

恋愛ができるような行動があるのだろうか?

全然分からない、恋愛工学でも学んだ方が良いのか?

 

「良い人が現れるよ」と言う人は自分とは関係ないから言える。

その「良い人」が本当に現れるのか、信じられない。

UMAはいるよ、と言われても、都市伝説を信じられるかという問題もある。

 

遊びで誰か私と付き合えるのだろか?

相手がしんどくなりそうだからお願いもできない。

むしろ、どうしたら遊びで付き合えるのか、分からない。

 

お互いに好きだから恋愛になるのではないのだろうか?

そういう前提が成り立つ世界は私にはフィクションだ。

しかし、人間社会はそのフィクションで成り立っているのだから、どちらかと言えば私が空想上の存在なのかもしれない。

 

私の考え方が仏教徒のような、二本足で立っている、自他が自立した存在としているとも言われた。

その方が良い、私は私で楽しむが、相手は相手で楽しめば良い。

恋愛はお互いに折り合いをつけていくから、二本足で立てなくなるらしい、分からない。

 

「モテる人は暴力的」というデータがある。

この観点で言えば、好きと伝えること自体、暴力行為に当たる気がする。

好きでもない相手から好きと言われても怖がらせるだけではないか?

 

分からない、分からない、分からない。

あまりに私の経験から乖離し過ぎて、自分事に感じられない。

世の普通にただただ畏怖するばかりだ。

 

恋愛は分からない、首を削げ落としそうな勢いで傾げてしまう雑談であった。