私は恋を知らない。
恋に落ちたことがないからだ。
誰かのことを四六時中考えて夜も眠れない、などの体験をしていない。
吊り橋効果などを聞けば、大体が勘違いなのではないか?と猜疑心がニョキニョキ出てくる。
須くただの胸の高鳴りは緊張からであり、特別な意味はないのではと疑ってしまう。
誰かのことを一緒にいると心臓が早鐘のように脈打つ、なども体験していない。
私は恋を知らない。
だから、これは恋ではないのだろう、と結論付けている。
恋ではなく、もっと何か、よく分からないものだろう。
よく分からないものは、よく分からないままに、私を困らせる。
一方で、客観的に見ている私は、「困っている振りをしているな」と見る。
大体が勘違いなのだ、と冷めた私が耳で囁く。
悪魔のような囁きに、困惑する私に「とりあえず、様子を見れば?」とひどく楽観的な私が顔を出す。
慌てふためく私を目を細めて眺めてくる。
前も後ろも悪魔に挟まれて、私の天使はどこで油を売っているのか、頭を抱えたくなる。
私は恋を知らない。
故に、これは恋ではない。
では「恋」でないのであれば、一体、何であろうか?
適当な語彙を持ち合わせていない、貧弱な私の辞書は、ぼろぼろと剥がれて風に舞う。
いっそ、そういうことにしてしまった方が楽な気もしなくもない。
しかし、偏屈に自分に縋り付きながら今まで生きてきたので、そう簡単には納得できない。
私は恋を知らない。
爪の鋭い臆病な化け物が、私の肚の底で蠢く。
ああ、恐ろしい、誰かをまた傷付けてしまいそうで恐ろしい。
書き出してみれば、整理できる部分もあるだろうと書いてみた。
しかし、どうもやはり、濁して書くと、言葉が逃げる。
真っ正面から向き合っても逃げるのに、濁したら捕まる道理もない。
私は恋を知らない。
これからも知る機会もないだろう。
そうして、また自分の目ん玉をほじくり出す。
分かる人には分かる、分からない人には分からない、そういう悩みだ。